第1話 三馬鹿
高校生活。
それは人生の最も濃くて貴重で刹那的な時間。
世間では『青春』と呼ばれ、人生百年時代と呼ばれるこの時代に最も濃く刻まれる記憶。その記憶の重要性は計り知れないものである。
もちろん、高校を卒業してからも生涯の記憶に残る出来事に出くわすだろう。
それでも、「人生の体感時間は19歳で折り返し地点」という説があるように、高校生の舞台は特別に脳に焼き付き、その記憶の濃度はぶっちぎりだ。おまけに若さの力で物覚え良いし、体も身軽。こんなに、頑張りがいのある時間はない。
だから、青春で何をどれだけ頑張るか、それがこの後の人生の成功を指示してると言っても過言ではない。
趣味に全力を捧げ、逆境に立ち向かい乗り越えた経験があれば、苦しいときもう一度立ち上がる元気をくれるだろう。
部活に力を入れ、仲間と必死に頑張る経験があれば、ここ一番の時、その記憶がそっとあなたを支えてくれるだろう。
自分の将来を見据え、勉強に専念したならば、将来きっと後輩からの助言を求む声のやまない知識人になれるはずだ。
なにを頑張るにしても、『青春』時代の頑張りはきっと人生の大きな手助けとなる。
しかし、ひとつだけ忠告だ。
この頑張りには一つだけ落とし穴がある。
その落とし穴に気づかなければ、部活や勉学、趣味に人間関係etc…の頑張りがすべてパーのなってしまうのだ。
それはUNOで例えるならば「UNOと言わずにあがる」と同等であり、せっかくの勝利がすべておじゃんになり、山札から手札を取ってリスタート。
逆境を乗り越えたことも、部活で学んだチームワークも、勉強で得た幅広い知識も、全てが無視され、一からやり直し。
最悪である。
キミたちがそうなりたくなければ、この落とし穴の存在を知り、注意し、努力しなければならない。
その落とし穴の名前、それは――
―――『彼女の有無』である!
恋愛経験が、いちゃらぶが、恋人が居なければ、今までの頑張りはすべて無意味! 無価値! 無駄!!
趣味に身を捧げ、博士と尊敬されることになっても、彼女が居なければ――「博士って言っても、童貞だしな。童貞博士(笑)」と陰で馬鹿にされる。
野球の部活を頑張って、すべてのボールを打ち返してくると恐れられても、恋人が出来なければ――「自分のボールからはうてないもんな? お前w」と彼女持ちのピッチャーに揶揄われる。
勉強を頑張って大企業に就職しても、恋愛経験がなければ――「え? その年で彼女・彼氏一人もいたことないんです(笑)?」と自分よりも営業成績は下の後輩にマウントを取られる羽目になる。
恋愛と言う土台があって、初めてそのほかはしっかりとした評価を受けることができる。
逆に、恋愛と言う土台が無ければ、そのほかで頑張ったものは小さく見積もられて評価される。せっかくの頑張りが、パートナーがいないというだけで過小評価されるなんて笑えない。
だからこそ、人間関係が構築しやすく、恋愛が発展しやすい、なおかつ記憶に残りやすい「青春」という一石三鳥の大舞台でこそ積極的に恋愛に身を投じるべきなのだ。
要するに、僕の伝えたいことは――勉強や、部活や、趣味よりも先に、イチャコラしてぇんだよ! 彼女がほしい!! イケメンは滅べ!!……ってことだ。
これから高校に通う人たちには是非にこのルールを胸に刻み、楽しい人間生活を送ってほしい。
そして、提唱者の僕
―――パンツ一丁で廊下に座らされていた。
「……お前ら『三馬鹿』はいつになったら、学習するのだ」
こめかみに手を当て、呆れたように息を吐く大男を前に、僕たち三人は全員パンツ一丁で横一列に座っていた。
大男、われらが二年三組の担任教諭であり、学生指導さらには風紀にも努める筋肉派教師。時代に取り残されたそのあまりにも武闘派な価値観と見た目、偏見、八つ当たり、腹いせ、恨みからつけられたあだ名は『むくつけき暴漢』。
略して―――ムッ漢と男は呼ばれている。
いつもならば、その丸太のような二頭筋で脳筋解決に持っていくものの、どうも今回は様子が違っている。
なんでも『お前らの脳細胞をこれ以上叩き殺すわけにはいかない。ただでさえ考えなしなのだ、これ以上は目も当てられん』とのことだった。
失礼な、僕は一応学年一位だぞ、と言いたいところだったけれど、その弁解は「まだ殴っても大丈夫だよ」と言ってるようなものなのでやめておいた。
しかし、僕としては遺憾な気持ちはやはり大きい。
なぜ、僕たちは学校に【エロ本】を持ってきたくらいで、こんな仕打ちを受けているのか、甚だ疑問だ。しかもまだ【六回目】だというにも関わらず、これは権力の横暴なんじゃなかろうか。
「先生、これは大事なことなのです」
僕は先生に向って、真剣な瞳を向けて静かに語りかける。
「大事…? 学校に俗物を六回連続で持ってくるほどだ。よほど、大事なことなんだろうな」
「はい、これは僕しかできない。そして、今しかできないことなんです」
「ほう、言ってみろ」
ムッ漢は顎を使って、続きを促す。僕はぎゅっと拳を握って、言い放った。
「僕は……―――エロ本と保険の教科書を入れ替えて、女子の反応を見ないといけないんです!」
「なるほど、司法の出番か――ピッピッピッ」
大男がスマホを懐から取り出して、手早く番号を入力し始める。
「ちょ、待って。警察は待ってください! 違いますから。男の方も入れ替えるつもりですから!」
「平等だから、良いって話ではないな」
大男の軽蔑の視線が更に厳しいものになった。
何で……何で受け入れてくれないんだ……。
僕はただ――『保健の授業で気まずくなる両片思いの男女』のレベルアップ版を見たいだけなのに!!
解説……『保健の授業で気まずくなる両片思いの男女』について
羞恥心を捨てた先生が教鞭をとり、思春期の繊細なハートに配慮せずに次々に飛んでくる『授業単語』により教室内はいつもの数倍静かになっていた。
英語の授業で話される「SIX」や「CHINBORN」とは一線を画す、ダイレクトな単語が先生の口から流星群のように流れていく。
例に出した英単語には反応しまくりのお調子者である田中君さえも口を閉ざしているのが、教室内の空気の異様さを増長させていた。
まるでお茶の間に流れたドラマのキスシーン。テレビであれば、チャンネルを変更すれば済む話であるが、教室はリモコンで変更できない。
そんなある意味張り詰めた空気の中、隣の席に好きな人がいる男女はたまったものではない。
男女のデリケートゾーンの話がされるたびに肩が震え、コウノトリの迎え方を真剣に話されるたびに耳が熱くなっていく。
当然、思春期の高校生はこの空気の中、意中の相手を想像しないわけもない。
過緊張のあまり「もし、いま頭の中を見られたら……」というありえない想像さえも浮かんで、授業が進むごとに互いの頬の赤さは増していく。
そして、少しでも顔の熱を落ち着かせようと、横に視線を移動させた瞬間。
隣の
瞳に張る水の膜がうっすらと妖艶に揺らいで、彼(彼女)を捉える。
視界に入ったいつもとは違う艶めかしさを纏った彼(彼女)の表情は、ピンク色にデザインされた脳内にスムーズに届き、想像の登場人物の解像度を上げる。
そして、彼らの脳裏に一つの想像が頭を駆け抜けると――――恥ずかしさで二人同時に顔を背けて、机にバッと顔を伏せた。
そして、脳内間で二人の言葉が重なる――――
――『『なんて想像を彼女(彼)でしてるんだ、俺(私)は……』』
あああああっあぁ(脳のとろける音)。想像するだけでエモすぎる。
ちなみに想像が現実になるシーンで、互いにこの授業のことを思い出して、ヒロインが頬を染めながら「私たち、エッチだね……」っていうところまででセット(早口)
はぁ……やっぱり、両片思いは至高だ。
だからこそ、口惜しい。この至高の体験を学校のモラルごときに阻まれるとは……っ!
僕が悲痛に心を沈めていると、僕の隣に座る目つきのキツい男―――
「先生、隣の奴は確信犯で間違いないです。しかし、俺はこんな変態どもとは違います。ちゃんとした理由があります」
「……まぁ、一応聞いてやる。なんだ」
ムッ漢は腕を組んで、健太――もとい、ケンタ君に続きを促した。
ケンタ君は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、自信満々に語り始める。
「いいですか、―――俺はちゃんとエロ本を見るつもりです。しっかりと隅々まで……ほくろ一つ見逃しません! 俺はエロ本をもっとも正しい理由で見ます!!」
「そうか、家で見ろ」
「学校の方が興奮できるんです!!」
「そうか、お前も変態だ」
先生は僕に向けたのと同じような視線をケンタ君に向ける。
ケンタ君は「なんでなんだああああ!」と叫んでいた。いや、そりゃそうなるでしょ。
すると、次はケンタ君の隣に座る背丈のあるイケメン―――
「先生、聞いてください! この二人は間違いなく助平の変態です! でも、ボクは違います! ボクは今回の件に一切関与していません!」
「ほう」
ムッ漢は興味深そうに顎に手を置き、聞く体制に入った。今までで一番真摯な対応だった。まだ、一考の価値があると考えたのだろう。
実際、友之助―――もといトモ君は学校に持ってくることに関しては一切の関与はない。あるのは、一緒にエロ本を買ったところまでだ。
だから、本来彼はここでパンツ一丁になる理由はない。
しかし僕たち二人が捕まった時点で「なら、友之助も加担してるな」と勝手に一括りにされ、現在に至る。
要は濡れ衣なのだが、僕たち二人がおいそれとトモ君だけを逃がすわけがない。
トモ君が抗弁した直後、ケンタ君はトモ君を指さして言う。
「先生嘘です! 保管先でもめた時、お金を多めに出して無理やり自分の家で保管することにしたむっつり変態ですよ、こいつ!」
「なっ」
ケンタ君が異議を申し立て、僕もそれに続いた。
「そうです、先生! エロ本の気に入ったページを写真で撮って、『物理フォルダ』に保存し、一年間で『物理フォルダ13』にまで到達したこのむっつりこそ今回の主犯です!」
「なっなっ―――っ!」
僕たちの口撃にあたふたと、口をパクパクとさせて戸惑うトモ君。
そして、そのトモ君に極寒の視線をムッ漢は向けていた。
「筈木、安心しろ。貴様もこの二人と同じ、変態だ」
「ちちちち。違いますよ! ボクはむっつりでも、変態でもありませんっ! だいたい、これぐらい健全な男子高校生なら、だれでもやってるでしょ!?」
トモ君はそう言い訳がましく言うものの、ムッ漢の視線は冷たいままだった。
すると、トモ君が恨めし気に僕たちを睨みだすが、そっぽを向いて知らないふりを貫いた。
その様子を見ていたムッ漢は呆れを多分に含めた息を吐き出して、額をおさえる。
「……とりあえず、この本は没収だ。それと、反省文も提出しろ」
「先生、反省文も六回目となるとネタ切れなんですけど」
「自業自得だ。あと、反省文にネタを仕込むな、馬鹿垂れ」
ケンタ君の言葉にさらに眉間にしわを寄せるムッ漢。
「しょうがないですね、わかりました」
「なんで貴様が善処したみたいな言い方だ」
すると、ムッ漢は腕時計に視線を滑らせ、ため息を吐いた。
「もういい。とっとと教室に帰れ、これ以上貴様らに割く時間がもったいない」
一生徒に対していう言葉じゃないと思うが……まぁ、終わるならいいか。
ムッ漢のその言葉を皮切りに、僕たちは「へーい」とやる気のない返事と共に、服を着て立ち上がった。
立ち上がり周りに視線を巡らせば、入ってくるのは先生たちの軽蔑の視線。そして、見知らぬ女子たちの芋虫を見るような苦い顔が目に入ってくる。
「青春」という舞台でこそ恋愛に身を投じるべき……とは言ったものの、僕の『青春」はいつのまにか、女子に好かれるなんて土台不可能なハードモードで始まってしまっていた。
いったい、僕はどこで間違えてしまったのだろうか?
……まぁ、一旦ズボン履こっと。
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