なんでも代行いたします
春夏冬あき
なんでも代行いたします
最近残業で終電ギリギリまで残らされることが多いが、今日はついに上司から面倒な仕事を帰宅間際になって押し付けられたもので家に帰ることもできなくなった。
ネットカフェでも探そうとふらふらと街を歩いていると裏路地のなかでひときわ明るく目立っている店が目に留まった。
その店の前には
『なんでも代行のエスクロ 日々の嫌な事なんでも代行いたします』
と書かれた光っている看板が出されていた。
寝床探しの途中であったが、まだ眠くないのだし、あとで探せば良いのだとその店
に入ってみることにした。
「いらっしゃいませ。当店ではお客様の面倒なことをなんでも代行いたしております」
店に入ると出迎えたのはシャツにベストを着た真面目そうな印象の男だった。私より少し若い30になるくらいに見える。
「なんでも、とはどんなことをやってくれるんだい?」
「なんでもはなんでもでございます。例えば書類作成や電話の受け答えを代わりにやってほしい。限定販売の商品を徹夜で並んで買ってほしい。ということや、約束がバッティングしたときに代わりに片方の用事を済ませてほしい。などといった内容を頼まれるお客様が多くいらっしゃいます」
「ほお、それは便利だな」
「何かやってほしいことはございますか?」
と男は身を乗り出して聞いてきた。
「いきなりそう言われても思いつかないな。何かやらなくてはいけないことができたらまた来るよ」
と立ち去ろうとしたらその店員の男は
「それではそういったときにはご連絡ください。24時間対応しておりますので」
と無理やり名刺を握らせてきた。
その日はそのまま店を出てネットカフェを見つけて寝ることにした。
次の日になると慣れない環境で寝たからなのか、全身に痛みを感じて、仕事に集中することができなかった。
昼を過ぎるころには上司に何回も怒鳴られながら仕事をすることになり、終業時間になってもやることが残ってしまい、他の社員が帰るなか私だけがまた残業をすることになってしまった。
そのときにふと昨日の店のことを思い出し、ポケットをまさぐり、名刺を取り出し、そこに電話をかけた。
受話器からは昨日の男の声がした。
「はい。こちらはなんでも代行のエスクロ。どういった御用でしょうか?」
「おい、昨日店に寄った者だが、なんでもやってくれると言ったよな」
「はい。弊社にできることでしたらなんでも致します」
「それじゃあこの残った仕事をこなしてはくれないか? また家に帰れなくなるのはごめんなんだ」
「その程度ならお安い御用です。ところでお客様はどちらにお勤めでしょうか? 弊社の社員を向かわせます」
「㈲前川ってとこなんだが」
「ああ、そこですか。それなら今すぐご帰宅されて構いません。そちらにつてがありますのでいったん鍵をかけて帰宅していただければこちらでなんとかできますので」
「そうなのか。じゃあそうさせてもらうよ」
「料金はあとで請求させていただきますのでお振込みください」
分かったと言いながら電話を切り、帰宅の準備を進めた。
その日は気分が良いまま帰り、酒を1杯飲んだらすぐに眠ることができた。
次の日、仕事をしていると上司にいきなり呼び出された。
さては昨日の代行を頼んだのがばれたな。もしそうだとしたら文句の一つでも言って料金は無しにしてもらおう。
上司のところへ行くと、思いのほか上司は機嫌がよさそうな様子であった。
「何でしょうか?」
「ああ君か、昨日残業して出してもらった企画書のことだがね」
やはり昨日のことがばれたのだろうか
「とても良いじゃないか。これならそのまま新商品の案として上も満足してくれるだろう」
いきなりのことであったので面を食らってしまった。
そうか、昨日来たやつが優秀だったのか。それは良かった。
「それで、君が中心になってプロジェクトを進めてくれないか?」
そう言われて私は返答に困ったが、
「分かりました。やらせていただきます」
と言うほかなかった。
退社するとすぐにあの店へと向かった。
店に入ると、またあの男がいて声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。どうでした? 弊社の代行は。優秀でしたでしょう?」
男の顔を見たら腹が立ってきた。
「ああ、優秀だったよ。優秀すぎて困るほどにな」
「と、言いますと?」
「優秀すぎてプロジェクトをまとめることになってしまったんだよ。私にはそんなことできるわけがない」
「ああ、それでしたら少々値段は張りますが、そのままお客様の仕事を続けて代行させていただくことができます」
男はマニュアルを読み上げるように淡々と話している。
「そんなことできるわけがないだろう。第一、どうやってばれないようにするのだ」
「少々お待ちください」
といって男は店の奥へと消えていった。
しばらくして戻ってきた男は何かを抱えて戻ってきた。
それは、人、いや、人形のようなものだった。それも私に似ているものだ。
「何だいそれは。気味が悪い」
「オートマタです」
男が言いながら何か操作をすると、そのオートマタとやらは動き始めた。
「このようにお客様を完全に模した動きができ、会話も普通にこなせます。このオートマタに仕事をやらせれば優秀な働きができますのでお給料も今より良くなると思います。料金は給料の半分ほどいただくことになりますがいかがでしょうか」
「半分もか? そんなに取られては困る」
「しかしお客様、こちらをお使いになられればお客様は自由に遊んでいるだけで良いのですよ。今までできなかったことまでできるようになるかと思います。それに、出世することができれば収入もすぐに同じくらいになります。」
その言葉を聞いて、気持ちは変わった。今まで我慢して働いてきて自由がなかったのだ。私にも自由を楽しむ権利はあるだろう。
「よし。契約することに決めた」
「ありがとうございます。よい人生をお過ごし下さい」
男は少し笑いながら握手を求めてきた。
それから数年たったが、いまだに会社に代行の存在がばれることなく、私は自由を手に入れた。少し前にネットで知り合った女性と同棲をすることになっている。
あの店のおかげで人生が180°変わった。学生時代から友達のいなかった私にも華やかな生活を送ることができるのだ。
あの店には一生感謝して生きることになると思った。
だがそんな生活も長くは続かなかった。
彼女と同棲してみると、気が合わないことが多く、喧嘩ばかりの毎日が続いた。それが積み重なり、私は彼女を包丁で殺してしまった。
もう私の人生も終わりだという絶望のなか、ふと彼女の刺し傷が目に入り、違和感を覚えた。
彼女は全く出血していない。深く刺した感触があったからおかしいと思い、彼女の服を脱がしてみると、彼女の肌には『なんでも代行のエスクロ 日々の嫌な事なんでも代行いたします』と書かれていた。
なんでも代行いたします 春夏冬あき @akinaiakich
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