第20話 木刀の男
「おら、どけ!」
「誰がどくかよ!」
ヤンキーどもが、友梨に覆いかぶさったオレを引き剥がそうとする。
友梨は声を出すのを我慢しているが、顔をオレの胸元に押し付けるかのように強く抱きついた。
オレはテコでも動かねえぞ……そう思って踏ん張り続けていると、それは不意に始まった。
ガシャーン!
いきなり、廃倉庫の扉が勢いよく開いた。
そこには何かを手に持った1人分の人影が見える。
「誰だ、テメー!?」
九頭島が人影に問いかける。
どうやらコイツらの仲間ではないらしい。
「……俺は、そこにいる男子の部活の監督で、女子の父親だ」
か、監督!
助けに来てくれたのか!
驚きのあまり声が出ないオレを他所に、監督と九頭島のやり取りが続く。
「ほ〜、まさかそんなのが乗り込んでくるとはねー。よくここがわかったな、オッサン!」
「俺が現役の頃と変わってねーな、ロクデナシどもが根城にしてる場所は。この辺りの廃倉庫を片っ端から見て回ったんだよ。あと、お前も俺とそんなに歳の差ないオッサンじゃん」
「うるせーんだよ。で、一人で乗り込んできたのか?」
「まあ、ここにいるのは俺だけだが……もうスマホで警察に通報した。観念しろ」
「……そうか。じゃあ逃げねーとな。でもその前にお前をボコボコにしてから、この2人を車に拉致って逃げ出してやる。このへんの警察は通報しても来るのが遅いからな」
「お前らに、俺をやれるかな?」
「娘の前だからって粋がってんじゃねーぞオッサン。お前らやっちまえ!」
「へっへっへ……殺してやんぜオッサンよぉ!」
監督の周りにいた3人が武器を手に一斉に襲いかかった……が。
「グハァッ!」
「ゲフゥッ!」
「ギャアア!」
監督は奴らの攻撃を難なく躱しつつ、手に持った木刀だけであっさりと3人を仕留めたのだ。
「な……ナニモンだよオッサン!?」
「何って、中原拓郎って名の野球部監督だけど」
「その名前……もしかして、『木刀のタクロー』なのか?」
「懐かしいねー、その通り名!」
「何なんすかそれ、九頭島さん?」
「俺より3つ学年が上で、俺が中学に入ったときにこの辺りで伝説化してたヤンキーだ。とにかく滅茶苦茶強くて、木刀片手に暴れ回ってたって聞いた」
「で、どうするお前ら。大人しく降参するか?」
「伝説つっても20年以上前……こっちはまだ7人いる、囲んで一斉にボコれ!」
「おらあ! 死ねやオッサン!」
監督を囲んでから勢いよく襲いかかったヤンキーどもだったが、結果は同じだった。
「ウギャーッ!」
「何だ呆気ないな。俺も昔に比べたら弱くなってるはずなのに、最近の若い子ときたら」
「バケモンが……こうなったら。おい、こいつらがどうなってもいいのか?」
九頭島はオレの顔にナイフを突きつけた。
友梨の頭部にも近い位置だ……オレは覆いかぶせた両腕でより強くガードする。
しかし監督は近づくのをやめずに言い放つ。
「おい……もし娘とハヤトに少しでも傷をつけたら、この場でお前の全ての関節を木刀で砕いて、一生寝たきりの身体にしてやる」
「そ、そんなことすればお前も刑務所行きだぞ?」
「娘たちを守れるなら喜んでいくさ」
監督のプレッシャーで九頭島の注意がオレたちから離れ、ナイフを持つ手が震えてきた。
オレは咄嗟にナイフを手掴みして奪い、監督に伝えた。
「こっちはもう大丈夫です!」
「よくやったハヤト!」
「いつの間に……ぐわああああー!」
◇
程なくパトカーが数台到着し、九頭島たちは御用となった。
「ハヤト……ありがとう、守ってくれて」
「オレは何もできなかった。お前を守ったのは監督だし、それどころかお前を巻き込んで、すまない」
「そんなことない。ハヤトがずっと庇ってくれなかったら、わたし、どうなってたか」
「そうだぞハヤト。悪いのは人質を取って強要するような連中だ。それと俺からも礼を言う。娘を守ってくれて、本当にありがとう」
「……そうすか」
「それよりもハヤト、無茶しないで。手が血だらけよ」
「仕方がないだろ、刀身を掴まないとナイフを奪えなかったんだから。ところで監督、どうしてオレたちがヤバいってわかったんですか?」
友梨が出血しているオレの掌にハンカチを巻いてくれる合間に、監督に疑問をぶつけた。
「街に出かけてた茂山が、お前がヤンキーたちと一緒にこっち方面に向かって歩いてるのを見かけたんだよ。友梨が近くにいないしおかしいと思って俺に電話してきたんだ。友梨のスマホも通じないし、それですぐに動いた」
そうだったのか。
すぐに通報してくれた茂山には感謝してもしきれない。
「それにしても、お父さんが昔、そんなに悪いヤンキーだったなんて……家じゃ完全にお母さんのお尻に敷かれてるのに」
「ははは、お母さんは俺の過去を知ってて結婚してくれた剛の者だからな。それじゃ、俺は警察の事情聴取があるから」
「オレも行きます。事の発端はオレなんだし」
「ここは俺に任せとけ。こんな時は素直に周りの大人に頼ればいい。お前たちは気をつけて帰るんだぞ」
それだけ言い残して監督はパトカーに乗っていった。
それからまもなく友梨のお母さんが迎えに来たので彼女を預けた。
オレは監督のことが気になりつつも、どうにもできない。
無力感を強く感じながら、他にあてもないし寮に帰った。
「大丈夫なのか、ハヤト!」
「寮にいるみんな、ずっと心配してたんだぞ!」
「晩飯、俺たちのを分けてやろうか?」
オレが帰ってくるのを待ち構えて出迎えてくれた。
みんな、オレのことを心配してくれたんだ。
嫌われたわけじゃなかった……こんなに嬉しいことはない。
みんなに事情を説明して一段落したあと、自分の部屋に戻って机の引き出しを確認した。
今日は幸いにも異世界からの呼び出しはなかった。
疲れ果てたオレはその後すぐ、ベッドに倒れ込んで眠ってしまった。
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