第17話 友梨とお出かけ

「おーい。ハヤト〜、起きてる……いや生きてるかー?」


 寮の隣室の住人であり練習仲間でもある茂山五郎がドアの向こうから呼びかけてきた。


 オレは昨日の練習試合のあと、ずっと部屋に引き籠もっているのだ。


 いや、それは正確じゃない。

 夕食と風呂の時間だけひっそり部屋を出て用が済めばそそくさと戻った。


 当然、チームメイトたちとは形だけの挨拶で目も合わせず会話もしていない。


 だって、みんなにあんなふうに思われているとは知らなくて、合わせる顔がないのだ。


 今日は幸いにも日曜日で練習は休みだし、寮の食事も提供はないので、一日中引き籠もっていられる。


 ちなみにウチの学校は野球部に限らず全ての部活で、日曜日の活動は原則禁止だ。


 余談が長くなったが、茂山に返事くらいはしとかねーと。


「生きてるよ! ちゃんと買い置きのパンくらいは食ってらあ!」


「それはどーでもいいんだけどさー」


 どうでもいいって何だよ!

 やっぱり茂山もオレのことをよく思ってないんだな。


 勝手に絶望しかけたオレだったが、意外な人物の名前が茂山の口から出てきた。


「中原が、お前のことを呼んできてほしいってさ。寮の玄関の前で待ってんだよ」


「中原……? 誰だっけ……監督か?」


「いや、確かに監督と同じ苗字だけどよ。中原友梨、お前の幼馴染の方だ!」


 ああ、そうだった。

 友梨って呼び慣れてるせいか、苗字言われても逆にわかりにくいんだよなー。


「わかった。あとで玄関に行く」


「じゃあ伝えとくから。あんまり待たせるなよ」


 何の用事だ、日曜日までさ。

 一人でブツブツ文句言いながらも、部屋着代わりのジャージの裾を一応は直してから玄関に降りていく。


 そしてドアを開けたら、いかにもお出かけ服といった感じのベージュのワンピースを着た友梨が立っていた。


「ハヤト……もしかしてまだ寝てたの? 髪ボサボサで、だらしない格好して」


「そ、そんなことねーよ」


 と、一応は否定したがその通りなんだけど。


 それにしても何の用事だ?

 と聞こうとしたところで友梨に先に言われてしまった。


「いいから、さっさと着替えて顔洗って髪の毛整えてきなさい。待っててあげるから」


 なんて一方的な……でもオレは彼女の言葉に逆らえず、部屋に戻って身支度を整え、また玄関に降りた。



 オレは今、友梨と一緒に街へ向かって歩いている。


 だが、未だに何の用事でどこに出かけるのか聞いていないのだ。


 それに、そもそもだな……。


「なあ友梨。オレとこんなふうに一緒に歩いて大丈夫なのかよ?」


「……何が?」


「いや、昨日あんなことがあって、お前もやり玉に上がってただろうが」


「ああ、あれね。わたしは別に何も悪いことしてないし。お父さんも言ってたじゃない、自分の指導不足、落ち度だって」


「それはそうだけど」


「それにね、お父さんからはこう言われたの。ここでいつも通りにハヤトに接することができないと、自分から非を認めるようなもんだって。だからこれで問題ないの」


「……どうなっても知らないぞ」


「わたし、こう見えても結構心が強いんだから。ハヤトに心配してもらわなくても大丈夫」


「こう見えてもって、見た目通りだと思うんだけど」


「ちょっと、それどういう意味?」


「あっ、今の冗談。冗談だから!」


 急に凄んできた友梨に、オレは慌てて前言を撤回した。


 なんか、いつもの感じって会話でちょっと心が救われた。


 友梨は呆れつつも、いつもと変わらない口調で用事が何であるかを説明し始めた。


「全くもう。あっ、そうだ。今日なんだけど……今から映画を見に行かない?」


「映画ぁ? そんなこと急に言われても、オレそんなに持ち合わせが無いんだけど」


「それは心配しなくても大丈夫。お母さんと見に行く予定だった映画のチケットがあるんだけど、急に用事ができちゃったって。このままじゃ一人分余っちゃうから、ハヤトが一緒に言ってくれると助かるんだけどな」


「……まあ、それでいいなら」


「本当に? よかった、それじゃ早速行きましょう」


 なんかもう、全部友梨のペースに合わせて事が運んでいく感じだ。


 そうして街中に入っていく。

 実はこっちに来るのは久しぶり……1ヶ月ぶりだ。


 ソニアが来訪して、その時に街の入口にあるコンビニでヤンキーたちと揉めたので、来ないようにしていたのだ。


 大会前だし、また鉢合わせして暴力沙汰とかになったら困る。


 だから最近は、遠くなるが反対方向にあるコンビニを使っている。


 まあ、今は真っ昼間だし、コンビニ自体には寄らないから多分大丈夫だろう。


 更に商店街を通り抜けていくと、目当ての映画館が入っているビルが見えてきた。


「映画館……1度は入ってみたかったんだよな」


「えっ? 入ったことないの?」 


「ああ。オレはこれまでの人生でこういう場所に入る機会もカネも無かった」


「あっ……ごめんなさい」


「別に友梨が謝ることじゃないよ」


 つまらないことで気を使わせてしまった。


 オレたちは無言で地下にある映画館へとエレベーターに乗って降りていく。


 そしていよいよ映画館の入り口……そこには上演中の映画のポスターが貼られていた。


「タイトルは……『1千年と300年前から愛しています』だと? 古代の恋人同士が現代に転生して再会するってか」


「うん。なかなかロマンチックで面白そうな映画でしょ」


「へ〜。友梨がこんな恋愛映画を見るなんて意外だな」


「……どうして、そう思ったのかな?」


「そりゃあ、男勝り……いや活発な友梨はてっきりアクションものとかの方が好きなのかと」


「なんか聞き捨てならないことを言われた気がするけど、まあいいわ。アクションものも好きだけど、やっぱり女子としては恋愛ものも大好物に決まってるでしょ」


「あっそう。ところでチケットは?」


「ちょっと待ってて。座席指定券出してくるから」


 友梨はそう言って自動券売機みたいな機械の前に立って、スマホの画面を見ながら番号みたいなのを機械に入力し、発行された紙を2枚持って戻ってきた。


「スマホで予約ができるなんて、映画館も便利になってるんだな。といっても入ったことないから詳しく知らないけど」


「今回の場合はコンビニで購入してから、Webサイトで予め座席指定しておいたの」


 ふーん、と感心したふりをしたが、実はあまり理解できていない。


 オレってやっぱり周回遅れの人生を送ってるんだな……だからみんなにあんなふうに思われてしまうのだろう。


 それから隣り合う席で友梨と映画を見たが……存外と言っては失礼だが面白かった!


 特に主人公とヒロインがお互いの前世に気づくまでのもどかしさがたまらない。


 友梨も上演中は様々な表情を見せて、存分に楽しめたようだ。


 見終わったあとは喫茶店でひと息入れつつ学校や部活のこと、そしてさっきの映画の話で盛り上がってしまった。


 そして話のネタが尽きた頃、友梨はボソッとオレに問いかけた。


「どう? 少しは気晴らしできたかな、ハヤト」


「……ああ。ありがとな、気を使ってもらって」


「気にしないで。昔からの付き合いじゃない」


 友梨はいつもオレに味方してくれる。

 こんなにありがたいことはない。


 これで全てさっぱりしたわけじゃないが、寮に戻ってから多少はマシな振る舞いができるのではと思う。


 そう思いつつ、いつの間にか1時間以上居続けた喫茶店からオレたちは出たのだった。

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