第16話 練習試合でアピールする
ソニアがこちらの世界を訪れた日から、早くも1ヶ月近く経過した。
彼女が言っていた通り、お互いの世界を繋ぐゲートの出入り口は、オレの部屋にあるトイレのドアではなくなった。
これで、あちらの世界に行く時にトイレのことを心配することはなくなったけど。
「よっこらせっと……ふう、やっぱりちょっと狭いな」
今度は机の引き出しが出入り口に指定されていた……これじゃあどこかのタイムマシンみたいだ。
それに、引き出しに入るときはまだしも、こちらに出るときは身体を持ち上げる形になるのが面倒だ。
でもまた場所を変えてもらうのも悪いし、もうこれでいいや。
そして今日も呼ばれてダンジョンへ潜ったのだ。
第10階層の手前に強固な拠点が構築されたおかげで、より深層への探索がとてもやりやすくなり、冒険者ギルドから多くのパーティが潜るようになった。
次の目標は20階層までの攻略だけど……やはり深くなるほど魔物が強力となり、今のところは15階層あたりが限界だ。
それより深くを目指したパーティは、良くて負傷して命からがらで引き上げ、最悪は全滅したのか帰ってこなかった。
いずれ本格的な攻略のために組まれたパーティにオレも呼ばれることになるだろうが、できれば今はこっちの世界に集中したい。
夏の大会まであと1ヶ月。
ベンチ入り、更にはレギュラー争いの最中なのだ。
そして明日は土曜日で練習試合が組まれている。
アピールのチャンスだし、早く寝て明日に備えよう。
◇
練習試合は、残念ながらスタメンではなかった。
せめて代打か代走でアピールすることで、最低でもベンチ入りは勝ち取りたい。
試合は終盤、相手チームが1点リードしている。
今はこちらの攻撃中で、ツーアウトながらランナー1、2塁。
オレの出番は無いのかな〜。
監督の方へとチラチラ視線を送り続ける。
最初は無視を決め込んでいた監督だったが、それでもずっと送り続けていると、溜息をついたあとにオレに指示を出した。
「ハヤト。1塁ランナーと交代、代走だ」
「りょーかい!」
オレはベンチから出てタイムを申告すると、自分で球審に交代を告げ、そのまま1塁ランナーと入れ替わった。
へへへ……ここでオレが好走塁を見せて逆転のホームを踏めば、相当なアピールとなるに違いない。
外野までは飛ばしてくれよな!
どんな当たりでも必ずセーフにしてやる。
そんなことを考えながらバッターを見つつ、ベースから離れてリードを大きく取る。
「このヤロウ!」
相手ピッチャーがたまらず牽制球を投げてきたが、オレは余裕で帰塁してセーフ。
ダンジョンに潜り始めてから、反射神経が以前にも増して研ぎ澄まされていると感じる。
今やダンジョンはオレの野球生活に欠かせないものとなってきた。
衝動を発散させるだけでなく、走塁のスピードや技術が確実に向上しているという実感があるのだ。
まあ、この場面で惜しいのは、前の塁が詰まってるから盗塁できないってのはあるけど。
カキーン!
おっしゃ!
バッターの打球はライトとセンター、そして2塁手の間にフラフラと上がった。
ツーアウトだからバッターが打ったと同時にスタートを切っているし、オレなら余裕でホームまで行けるぜ……!
既に前の走者の背中が見えている状況で、それを追い抜くかのような勢いでどんどん差を詰めていく。
3塁コーチャーは腕をグルグル回して前のランナーはホームに向かった。
続けてオレも……って、何故かストップかけやがった!
「止まれ、止まれー!」
何言ってんだ、折角の逆転のチャンスなのに!
オレは無視して3塁ベースの内側の角を左足で踏み、勢いを落とさずに更に加速していく。
その様子を見ていたウチの学校の生徒たちが叫び始める。
「いっけー、かみあしー!」
「今日も神速見せてくれー!」
声援を背に、本塁に着く頃には前のランナーの背中にピッタリ張り付くくらいまで接近したオレは……逆転のホームイン!
丁度そのタイミングで相手キャッチャーにボールが届いたがもう遅い。
「あの当たりで本当に1塁から帰りやがった!」
「神走塁だー!」
周りから称賛の声が湧き上がる中、オレは意気揚々とベンチへ引き上げていく。
「どうっすか! オレの足で逆転っすよ!」
「……ああ、そうだな」
前のランナーだった先輩に話しかけたが、なんか反応が薄いな。
「はい、これで汗拭いて。お疲れさま」
女子マネの友梨から渡されたタオルで顔を拭きつつベンチに入っていく。
さぞや手荒い祝福を受けられると期待していたのだが……何故か異様に静かだ。
監督の方に視線を移すと、困惑した顔でオレにボソボソと喋りかけてきた。
「ハヤト、お前さ……どうして3塁コーチャーの指示に従わなかった?」
「えっ? だって、オレの足なら絶対に間に合うと思ったから」
「……根拠はそれだけか?」
「はい」
オレは自分の足を信じただけだ、それ以外に理由がいるのか?
そんな気持ちが顔に出ていたのか、監督は今度は諭すように話しかけてきた。
「ハヤト……お前の足は以前にも増して速くなってきている。そうは思うが、タイミング的には無謀と思われても仕方がない」
「でも、実際に間に合ったじゃないですか」
「まあ、そうだな……結果オーライってやつだが。まあ、今度からお前がランナーで出ている時の指示の出し方、よく話し合わないといけないな」
オレの何が良くないってんだよ。
スポーツなんて結果が全てじゃねーのかよ。
そう思ったが何となく言える雰囲気じゃない。
それどころか、他のチームメイトたちからオレに対する不満が監督に訴えられた。
「前から思ってたけど、ハヤトは自分のアピールばっか露骨で、チームのこと何も考えてないっすよ」
「監督だって、ハヤトに甘くないっすか? やっぱり自分の娘と幼馴染で仲良いからですか?」
「それだけじゃない、他にも……」
オレってそんなふうに思われてたのか。
みんなと仲良くやってると思ってたのはオレだけだったんだな。
何も言えなくなったオレを庇うかのように、監督は自分の非を部員たちに釈明した。
「みんなにはすまないことをした。ハヤトの今の状態は俺の指導不足だし、友梨との絡みでそう思わせたのなら俺の落ち度だ。この件は俺がキチンとするから、今日はこの辺にしてくれないか?」
「……まあ、監督がそう仰るなら」
ひとまず場は収まったが……オレは内心ショックを受けたまま寮に戻った。
今日はダンジョンに呼ばれなかったことを幸いに、そのまま朝までずっとベッドの上で横たわっていたのだった。
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