短編集 2025
@Tsukinoyouni
旅先の中庭
長らく同じ場所にいると、その環境に慣れてしまう。自分が出来ること出来ないこと、望むもの望まないもの、それらがなんとなく分かってきて、知らぬ間に限界を決めてしまうのではないかと思う。
***
ひとり、旅にでていた。
レンガ造りの街並みに、見慣れない教会や礼拝所。随所しか聞き取れない会話、知らない香水の香り。繊細な味つけというよりは、欲望のままの料理。
違った。
私が生きてきた場所とは、随分と違った。
道に迷い、気がつくと10階ほどのアパートメントの中庭にいた。中央には小さな噴水があり、その周りを色鮮やかな花が囲う。見上げると午後の穏やかな晴れた空がぽっかりと切り取られ、雲が流れている。
静けさのなかで立ち尽くしていると、上層階から物音がして、中庭に面した一つの窓が開いた。
住人と思しき老婦人が顔を出し、ふと目が合う。彼女は少しだけ微笑み、何故だか愛おしそうに私を見つめた。
「あなたはやっとこの世界に来たのね」
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