第4話 オムレツ・それぞれの味
オカン。
オカンが作ってた、あのオムレツのこと思い出すことがあんねん。
ほら、玉ねぎをみじん切りにして、牛豚の合い挽きと一緒に炒めた具をペラッペラの薄焼き卵で巻いたやつや。
昭和が終って、平成になり、令和になった。
今、あのオムレツのことを世間では「昭和オムレツ」って呼ぶらしいな。でも、卵だけのオムレツとか、食うたことなくて、長いことボクにとってオムレツとはあの「昭和オムレツ」のことやったわ。
すき焼きとか、牛肉のバター焼きとかご馳走やったけど、なんでやろな。ほんまになんてことない昭和のオムレツやっていうのに、特別感があってな……食卓に出てくると嬉しかったわ。
「できたで、ほら」っていうオカンの声がしたら、目の前にパン皿にのった昭和オムレツが出てくるんや。皿にてろんと寝転がってて、黄身と白身も完全に混ざってへんまま焼き上がってんねん。特に黄身の焼けたところは、卵の香りがふんわりと漂ってくるんよ。そこにウスターソースをドバドバッとかけて、ソースが卵の黄色い表面に黒く筋を引いて、じわっと染みていくんがまたええんや。
ほんで、箸でちぎってオムレツを口の中に放り込むと、炒めた玉ねぎや肉の香り、ウスターソースの香りが口いっぱいに広がんねん。玉ねぎや脂の甘味と肉の旨味、ソースの酸味やなんやらが舌に浸みこんできて、白いごはんを頬張らずにはおられへんかった。
なあ、どないしたら白身と黄身をまだらに焼き上げられるんや?
ボクがつくると、どうしても綺麗に混ざってまうんや。
たぶん簡単なことやと思うけど、いまになって教わっとけばよかったなあと後悔してんねん。
三十歳を手前に実家を出て、独り暮らしを始めたんやけど、それを機に料理を覚えたんや。
それまでによく食べに行ってた店とかで出してた料理を真似したり、教えてもらったりしてレパートリーも増えていった。
プレーンオムレツとか、チーズオムレツとか、生クリーム入れてバターでふんわりとろりと焼くのもできる。オカンが認知症になる前には流行ってたから知ってると思うけど、トロトロのオムレツを割ってつくるオムライスもできるんやで。
せやから具材さえあればオカンの作る昭和オムレツっぽいのは作れるんやけど、白身と黄身はきれいに混ざってまう。
最近は合い挽き肉も国産やと百グラムで二百円くらいしよるさかい、豚ミンチを使うようになって具も変わってきたんよ。
フライパンに胡麻油とサラダ油を入れて、みじん切りにした長ネギと豚ミンチを炒める。そこに塩胡椒して、卵を割り入れて混ぜながら固めて形を整えるだけ。
オカンが見たら、なんやそれ、言うかもしれんな。
ウスターソースもかけへんし、具もちゃう。卵もぎょうさんつこてるさかい、豪勢に見えるかも知れんな。でも味はネギ塩豚オムレツとでも言えばええかな……ウスターソースなしでも美味しく食べれるんや。オカンの昭和オムレツと同じように白いごはんが進むんやで。
なんか……今になってやけど、ようやく「自分の味」ってもんが、ちょっとずつ見えてきた気がするわ。このネギ塩豚オムレツもその一つやと思う。
せやから、教えてもらえんかったことも、ええかなって。
後悔してるけど、それでも、こうして思い出しながら作ってるってことは……
どこかで、あんたからちゃんと受け取ってたんやと思う。
ほんまはな、もっと一緒に台所に立っとけばよかった。
一回くらい、「どうやって作ってるん?」って聞いといたらよかった。
お正月にいつも作ってた大根と人参の白和えとか、面倒臭そうに作ってくれたミートローフとか、聞いといたらよかったと思う料理、ほかにもぎょうさんあんねん。
でも、なんや照れくそおてな。
それでも、あんたのオムレツが、ボクのなかにちゃんとあるんやってこと、伝えたかったんよ。
今日の晩ごはんはネギ塩豚オムレツやってん。
妻が「私の好きなやつや!」って喜んでくれた。
オカンが作った昭和オムレツとはちゃうけど、簡単で、でも白いごはんとの相性がよおて、作るだけで喜んでもらえる味が作れるんやったら、ええことやんな。
また今度も作るわ、このオムレツ。
うちの味として、続けていけるように。
ほんで、たまには思い出すわ。
ウスターソースの香りと、あの「てろん」と寝そべった黄色いやつのこと。
【ネギ塩豚オムレツの作り方】
<材料>
・豚ミンチ ……80g
・長ネギ ……1/2本(10cmほど)
・塩 ……小さじ1/2
・粗びき黒胡椒 ……小さじ1/2
・ごま油 ……大さじ1
・サラダ油 ……小さじ2
・鶏卵 ……3個
<作り方>
1.長ネギは白いところを使う。みじん切りにする。
2.フライパンにごま油、サラダ油を入れて馴染むまで
熱する。
3.長ネギ、豚ミンチを入れて塩、胡椒をして炒める。
4.豚ミンチに火が通ったら、鶏卵三個を割り入れる。
5.菜箸を前後に、フライパンは円を描くように動かし
て混ぜ固める。
6.全体に九割ていど火が入ったら形を整えて皿に盛り
つけてできあがり。
【あとがき】
4月に母が亡くなったこと、母のことをエッセイ的なかたちで書きたいと近況ノートに書いていました。
そこで、元々は「🥚、玉子、卵、たまご」という名前で書き始めようとしていたエッセイを書き換え、5月12日の母の日に公開することにしました。
この先は不定期更新になりますが、母が絡まない話も書く予定です。プリンだとか、茶わん蒸しだとか、オムライスとか……書いていきたいと思います。
卵の手帖―卵が結ぶ暮らしの記録― FUKUSUKE @Kazuna_Novelist
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