3.エンカウント
『お前じゃなきゃ出来ねぇ仕事がある』
現場では戦力にならないわたしに対して、柴本なりに気づかってくれているのだろう。独りだけ事務所に置き去りにすることに対し、何か思うところがあるのかもしれない。けれども、わたしは現在の状況におおむね満足しているのだ。
彼らについて行けば、わたしは確実に足手まといになる。3人は身体能力の高い獣人で、ヒマさえあれば何かトレーニングをしている人達だ。風呂上がりのストレッチと気が向いたときにヨガをやる程度の人間が、
それに何より、外で体を動かすよりも黙々と書類や端末上のデータの相手をしている方が、わたしには合っていると思う。
現場の3人とも、こうしたデスクワークのたぐいには向いていない。柴本とブッチーは黙々と机に向かい続けることに苦痛をおぼえるタイプだし、ギャンブル依存症の治療を続けるウタさんにはお金を扱う業務を頼む訳にはいかない。
彼らは現場で、わたしは事務室で。それぞれの場所で、出来ることをやる。
さて、社長から言われていた業務は終わらせてしまった。もともと少人数の会社なので業務量はそれほど多くない。わたし一人で効率よく回せるように、ある程度の部分はサポート用ツールに任せる体制を構築済みだ。
その気になれば、
皆のぶんの洗濯と共用スペースの掃除も片付けてしまった。ヒマである。緊急の連絡に備えて待機している必要はあるが、他にやることはない。それで、リビングにマットを広げて動画を参考にしながらヨガをやったりしていたのだけれど、飽きてしまった。
そんなことより、柴本とウタさん、それにブッチーはどうしているのか気になった。一部始終を知るには、彼らが帰ってから話を聞かせてもらうのがいつもの、そして最も
ヨガマットを片付け、リビングから事務室に移動。据え置き型端末の前に座り、3人が付けているリストウォッチ型端末と連動させたアプリを起動する。位置情報に始まり、温度や湿度など外部環境、それに呼吸数や心拍数など装着者のあらゆる生体情報を取得することを目的とする。
既存のアプリを改造したものだ。わたしを
元のアプリは他者のプライバシーを侵すものとして、アプリストアでの配布は数年前に停止された。これをこっそりインストールしたこと、そしてこの技術の出所について、まだ3人には話すことが出来ていない。
わたしがやっていることは間違っているかもしれない。仮にそうだとしても、家族に等しい人達を失いたくはないのだ。そのためには、出来ることは何でもやる。そう決めたことに後悔はない。
******
2月終わりのよく晴れた日である。
「
「おう。けどよ、連中の居場所を突き止めるには、こいつが一番手っ取り早ゲホゲホゲホッ!!」
ブッチーの忠告も間に合わず、柴本は盛大に
彼女が手にしている測定器から情報を取得する。酸素濃度は20.9%と平常。硫化水素など有毒ガスも検出値以下。ドラゴンの分泌液に含まれる有毒物質その他の心配もなさそうだ。
モニター越しに確認し、わたしは少しだけホッとした。
現在、彼らは
いかにも不吉な名で知られるその場所は、ジェダイトの識別名称で呼ばれているドラゴンが縄張りとする前から、
およそ数百年ほど前には、そこには活気のある集落があり、別の名で呼ばれていたことが記録に残っている。しかし、あるとき現れた怪物すなわち未確認の巨大生物によって集落は
その後、ジェダイトと呼ばれるドラゴンがどこからか流れ着き、それをきっかけに一帯は豊かな植生を取り戻した。が、縄張りとして主張され、再開発の手が及ばない土地として在り続けている。
現在のところ、山菜とか薬草採りに執念を燃やすジジババとか、この地に生える珍しい花を見ようとする愛好家くらいしか立ち寄らない。
『無鉄砲なのは本当に変わらんな。もう少し自分を大事にしろ。いつもおれが背中を守ってやれるとは限らん』
「分かってますって」
「本当ッスかねぇ?」
インカム越しに飛んでくるウタさんの言葉に軽口で返す。
3人のうち彼だけは、少し離れた場所に陣取っていることが位置情報から確認できた。身長と同じくらいの銃身をもつ、長大なボルトアクション・ライフル。それを構えて狙撃姿勢で待機しているのだろう。
柴本がドラゴンとの対話に失敗したときの保険。戦車の装甲板すら貫通させる銃弾にて
安定した呼吸と心拍数に、いつも冷静で理知的な彼らしさを見出したそのとき。アプリに表示される波形が、ほんのわずかに揺らいだ。
「10時方向の空を見ろ。匂いを辿ろうとするより早いぞ。ほら――」
ウタさんの言葉が終わるか否かのときだった。青と緑の巨体が空中高く飛び上がり、また森の地面目がけて落ちていった。
「あっちだ!」
ラピスラズリとジェダイト、2頭の竜が落ちていった方角に向けて、柴本とブッチーは駆けだした。
それを、小型のヘリコプターがやかましいローター音を響かせながら、低空飛行で追い抜いていった。機体側面には地元テレビ局である
「ここは飛行禁止区域だぜ!?
ていうか、ハーピィですら避けて通るってのに!!」
「とにかく! 先を越される前に急ぐッスよ!!」
ヘリが巻き上げる風に
******
『ご覧ください! 今、われわれはテレあわが所有するヘリでドラゴンを追跡中です!
今朝から突如暴れ始めた2頭のドラゴン! 大暴れの理由は、今もって分かっておりません!』
リビングのテレビをつけると、ヘリから撮られた
『われわれが今、こうして飛んでいる場所は、飛行禁止区域に指定されております!
飛んではいけない! ですが今回! 我々テレビあわみは最新の情報を皆様にお届けするという
へーぇ。崇高な使命かぁー。普段はゴシップ盛り盛りのワイドショー番組で聞くとは思わなかったよ。
カメラは、森のねじくれた木々をなぎ倒しながら取っ組み合いを続ける2頭のドラゴンを真下に
緑色をしたジェダイトが、黒っぽい液体をヘリ目がけて吐きかけたように見えた。
『今のは一体何だったのでしょうか!? ドラゴンが何かを吐』
突然、火の手がヘリの底から上がった。
『うわーっ!? 助けてっ! 助けてーっ!!』
男性レポーターの叫び声とともに、ヘリは木々をなぎ倒しながら森の地面へと不時着したようだった。
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