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 目を開けると、そこはノエビアスタジアム神戸だ。ノエビアスタジアム神戸は満員で、その多くはヴィッセル神戸のサポーターだ。スタジアムは歓喜に包まれて、選手たちは喜んでいる。


「またノエビアスタジアムだ!」


 一目見ただけで、2人は何なのかわかった。それは、おととしの11月25日にヴィッセル神戸が初優勝した時の様子だ。Jリーグが創設して30年目、新しいチャンピオンの誕生だ。その年の途中にイニエスタは退団したものの、ヴィッセル神戸はリーグ優勝を果たした。その時はとても神戸が盛り上がったのを覚えている。思えば去年は11月の天皇杯優勝に続く2冠達成で、創立30周年を前にめでたい年になった。


「これは、去年優勝した時?」

「そうだね」


 2人はその様子をじっと見ている。低迷、残留争い、降格、復帰を乗り越えてようやくたどり着いた栄冠、本当に感動的だ。


「やっとリーグ戦で優勝できたんだね」

「これで真のチャンピオンになれたんだね」


 しばらくすると、サポーターが『神戸讃歌』を歌い始めた。とても感動的な光景だ。これを生で見れた人は、とても幸せだっただろうな。


「素晴らしいね」

「ああ」


 思えば初練習をするはずだった日は1995年の1月17日、阪神・淡路大震災が起こった日だった。神戸であるのに、神戸で練習できなかった。Jリーグに参戦したものの、低迷が続き、降格も経験した。だが、J2には定着せずにすぐにJ1に復帰した。それは、震災による苦難を乗り越えてきた神戸の歴史のように見える。


「これからヴィッセルは本当の黄金期に突入していく」

「素晴らしいね」

「うん」


 2人は2連覇した時の事を思い出した。テレビでその瞬間を見て、2人とも感動した。こんなに強くなるって、全く想像できなかった。これからもっともっとヴィッセル神戸は強くなっていくんだと思わせる日だった。


「そして、今年は天皇杯に、2連覇に」

「そうだね」


 40年になる頃にはどんなチームになっているんだろう。僕たちには全く想像できないけれど、きっともっと強くなっているだろう。そう信じたい。


「これからヴィッセルはどうなっていくのかな?」

「わからないけど、これからも応援しよう」

「うん」


 と、周りが再び光に包まれた。今度もノエビアスタジアム神戸だが、相手が名古屋ではなく湘南だ。これが2連覇した時の様子だ。昨日の事のように覚えている。テレビで見ていたが、まさかこの場所で見られるとは。


「あっ、これは2連覇!」

「まるで昨日のように覚えてるよ」

「何度見ても素晴らしいね」

「うん」


 今度はアジアチャンピオンズリーグがある。どこまで進めるかわからないけれど、ヴィッセル神戸はきっと優勝すると信じよう。


「あれから30年。そしてヴィッセルも30年。節目の時に優勝。素晴らしいね」

「うん」


 また辺りが光に包まれた。今度は何だろう。ひょっとして、30年目の『1.17のつどい』だろうか?




 光が収まると、そこは『1.17のつどい』の会場だ。今年も多くの人が集まっている。彼らはきっと、亡くなった人々の事を思い浮かべているんだろう。この日を忘れずに、1日1日を大切に生きていく。亡くなった人々の分も頑張ろうという気持ちが伝わってくる。


「わっ!」

「これは、こないだの1.17の集い」


 2人はその時、起きていなかった。だけど、心の中では黙とうした。


「本当だ! 毎年の事だけど、今年はちょっと特別だね」

「うん」


 今年は30年という節目の年だ。今年は特別な年だ。だからこそ、もう一度考えなければならない。そして、あの時をこれからも忘れないようにしてほしい。これから生まれ来る子供たちにも伝えなければならない。


「30年で、神戸は大きく変わった。これから神戸はどうなっていくんだろう」

「きっと、今以上に素晴らしい街になっていくよ」


 この30年の間、神戸は復興していった。だけど、あの日を忘れずに生きている。そして、語り継ごうとしている。


「そうだね。地震にも負けない、素晴らしい街になっていくさ」


 と、再び2人は光に包まれた。光が収まると、そこは石の前だ。果たしてその石は、何のためにあるんだろう。


「あれっ、ここは?」

「あの石のあった場所だ。現代に戻ってきたんだ」

「そうだね」


 2人は再び神戸の光景を見た。30年前のこの日は、焼け野原となった。だけど、人々は再び立ち上がり、復興していった。何度も何度も立ち上がり、そして強くなっていった。去年の正月に起こった能登半島大地震でも多くの人々が被災した。だけど、勇気と希望を持てば、必ず能登半島は復興する。そして、もっと強くなるだろう。


「なんか、これまでの神戸を巡ったような気になれた」

「神戸は変わりゆく。だけど、あの日の事は絶対に忘れてはならない。語り継がなければならない。それが、僕たちの使命だ!」

「うん」


 そろそろ夕暮れだ。家に帰ろう。


「じゃあ、帰ろう」

「うん」


 2人は家に帰っていった。思えばあの時、人々はわが家を失い、家に帰れなかった。今こうして帰れる家がある事を、幸せだと思わないと。普通に生活できている事を素晴らしいと思わないと。

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