第3話

「しょうちゃーん! 待ってたよー!」


 にこにこと笑いながら白崎が手を振る。黒髪の彼は、ぎろりと白崎を睨んだ。


「シロ……! 勝手に人を呼ぶな! 俺のシュークリーム開けやがって! 今日のご褒美に買ったんだぞ⁉」

「それはごめんって」

「それに誰だこの子らは!」


 びしりと指が、真っ直ぐに私を指す。私!?と驚いてびくりと肩が震えた。白崎がえー、とのんびり不満を示す。


「さっき電話で言ったでしょ。この子、かなちゃんね」

「まーた厄介ごとを増やしやがって……!」

「いいじゃん。どうせ今日も朝からパソコンばっかり見てたんでしょ。たまには人と話さないと。それでね、この子ゆきちゃんって子に会いたいんだって。しょうちゃんの見えてる通りさ」


 白崎の言葉に彼はふーっ、と息を吐いた、それから、ぶっきらぼうに言う。


「黒崎照太」

「えっ、あ、田島佳奈です!」

「で、説明は」

「え、説明?」


 佳奈の返事に黒崎はまた溜息を吐く。その様子に私はこの人、感じ悪い、とむっと口を尖らせる。短い黒髪に、鋭い目つきで、そもそも怖そうな印象なのに、この態度では更に威圧感がある。


「シロ、なんにも言ってないのか」

「うん。お話聞いただけだね」

「あー、もう! シロ、そこ退け!」

「えー!」

「いいだろお前座った上にシュークリームまで食ったんだから!」

「あ、私どきます!」

 

 黒崎は私の方を一瞥した。その後いい、と答える。


「お前は一応客だ。こいつに退かせる。椅子出してくるのは面倒だからな」

「僕に行かせといてそれ言う⁉」

「説明をその間にする」


 黒崎の言葉に白崎は不満を垂らしながらもしぶしぶと言った様子で退いた。そこにどかりと黒崎が座る。

 そして、身体を縮こませる私に向かって言い放った。


「怪異って、信じるか」

「怪異……ですか」

「妖怪、幽霊、化け物……まぁ、どんな言い方でも構わない。人ならざる者だ」


 信じるか、ともう一度尋ねられる。黒崎の瞳にはふざけた様子は一切なかった。


「えっと……いたらいいなとは思いますけど、見たこともないし……」

「そうか」


 まぁ、そんなものだろうな、と黒崎は言った。彼の瞳はひやりと冷たくて、拒絶を感じさせた。


「見えないならそれに越したことはない。知らなくても構わない類のものだ。だが、それに関わってしまう人間もいる。俺やお前のように」

「お前って……えっ、私⁉」

「そうだ」

「でも、本当に今までなにも見たことがないんですけど……!」

「気付いていないだけだな」


 私はぽかんとした。その反応になれているのだろうか、彼は私のことを気にせず、単刀直入に言おう、と続ける。


「ゆきちゃんは、雪女だ」

「ゆきおんな……?」

「あぁ」


 真剣な表情で言われた言葉に、私はまたぽかんとした。それから耐えきれなくなって吹き出す。


「あっはは、雪女、なんて! そんなはずないじゃないですか!」

「……」

「だって、一緒に遊んだんですよ? ちゃんと触れたし! 妖怪だなんて、そんなはずないじゃないですか」

「……まぁ、そうなるよな」


 黒崎は笑うこともせず、はぁ、と溜息をついて頭を掻いた。それからぽつりと呟く。


「だから、今からそれを強制的に理解してもらう」

「へ?」

「説明、終わったー?」


 白崎が手にパイプ椅子を持って戻ってきた。その様子を黒崎はチラリと見る。


「あと少しだ」

「おっけー! それで、見せちゃってもいい感じ?」

「それはおそらく問題ない」

「はいはーい!」

「あの、見せるって……?」

 

 おそるおそる尋ねれば、黒崎は相変わらず冷たい視線を向けながら淡々と言い放った。


「今からお前をゆきちゃんと会わせる」

「は……?」

「そうすりゃ、お前も信じるだろ。俺たちの見えているものを」


 シロ、と黒崎が彼の名前を呼ぶ。にこっと笑った白崎が、私の前に立つ。


「ちょっとごめんねー」


 そう言いながら、白崎が私の肩に触れた瞬間だった。

 

 ぞわりと、一瞬何かが身体を駆け抜けるような感覚が走った。ぎゅっと思わず、目をつぶる。


 そして、ゆっくり目を開けた瞬間だった。


「え……!」


 目の前にいたのは。


「ゆきちゃん……⁉」


 真っ黒なおかっぱ頭に、白い着物。くりくりとした黒い瞳。10歳頃の私と同じような背丈。


 あの頃と変わらないゆきちゃんが、そこにはいた。

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