影の王の存在

ここまでで勇者の機嫌は最高潮に悪い。

ただでさえ王宮に来るなんて面倒ごとを、なだめすかしてやっと謁見の儀までこぎつけたのだ。

王家への印象はマイナスを振り切っているに違いない。

「勇者よ、ジュスティーヌの何が不満だというのだ? そなた、村に結婚を約束した女がいるそうではないか。ジュスティーヌよりもそのような下賤な平民の女をえらブベラァッ!?」


扇を後ろに振りぬき、王太子お兄様の顔面を全力で薙ぎ払う。

これ以上余計な真似をしてくれてんじゃないわよ、死にたいの!?

吹っ飛んで王族の座から転がり落ちたお兄様に、隠密たちがすさっと音もなく近づき、猿轡を咬ませ、ロープで芋虫のように手際よく拘束して担ぎ上げ、玉座の後ろの隠し通路からすーっと消えていった。


やばいまずい待って、いつの間にか立ち上がってる勇者の目が真っ黒でうろのようだわ!?

わあああ眼だけで殺されそう! 今この広間にそろっている貴族も、殺気に当てられて気絶したり息ができなくなっている者が続出よ!

くそう、ここで引き下がってなるものか! 私だって喉が締め上げられるような威圧で呼吸がヒューヒュー言ってるけど、謁見の間を血で汚すわけにはいかないのよ!

「羽虫がいたようですわね。重ね重ねの不手際、大変申し訳ございませんでした、勇者様」

必死で自分を鼓舞した私の謝罪に、徐々に勇者の目に光が戻る。

ほっと安堵すると同時に、今にも飛び出しそうなユリアンを目で制する。


あなたがいくら強くても、正攻法では勇者相手に勝ち目はないわ。私だって、あなたが傷つくところは見たくないのよ。

悔しそうにぎりっと唇をかんで、ユリアンは姿勢を正した。


そして、私は気絶したお父様がまだ握っていた目録をその手から取り上げ、びりびりと破いて侍従に突き返した。

それを見て、勇者は再び膝をついた姿勢に戻ってくれた。

くそう、あのバカ兄、余計なことしてくれやがって! 今この場にいる王族は私だけ。何とか丸く収めなくてはならないわ。


日々私にもたらされる情報のかけらが、フル回転する頭の中で、パズルのピースのようにかちりかちりとはまっていく。


私は大きく一つ息をつき、口を開いた。

「王家からの褒章を伝えます。宰相、書記官、ちゃんと記録しておくように。まず、トネル村は農作物が育ちにくく、魔獣が繁殖している影響で、森を開墾し農地を広げることも難しいと聞きました。魔王が倒れ、魔獣もこれから少なくなっていくでしょうが、それまで向こう5年間、王家がトネル村の開墾を無償で行います」

「っ、あ、ありがとうございます」


勇者がびっくりしてるわね。まあ、国王も王太子も宰相も、勇者を田舎の平民と侮って、褒賞を与えてやるんだからありがたく思えって態度だったものね。だから私もそうだと思っていたのでしょう。

下手すると、私が結婚をごり押ししたって思われたのかもしれないわ。やだやだ、私まだ死にたくないし、ユリアンと結婚したいし、幸せになりたいし!

とにかく全力回避よ!


「そもそも、魔獣討伐は騎士団の仕事です。トネル村のスタンピードの際、手が回らず村を危険にさらし、あなたに重傷を負わせたこと、申し訳なく思います。そこで、辺境騎士団を編成し、魔獣討伐と開拓人員の護衛を任せることとします。基本的に討伐は騎士団に任せるとしても、まだ魔王が倒れたばかりで、想定外のスタンピードや大型魔獣の出現の可能性はあります。その際は、勇者様、討伐に協力していただけますかしら? 当然任意ですので、お断りいただいても罰しないものとします」

「もちろん、村を守るためなら魔獣討伐ぐらいいつでもやります」


よし、騎士団と協力するかどうかは置いといても、ひとまず魔獣駆除への約束は取り付けたわ。

まあ、彼が気が向かないならどんなに頼み込んでも絶対に動かないでしょうけど、村と幼馴染がいる限り、ちゃんと働いてくれるでしょう。

それより、騎士団が変なプライドで勇者の機嫌を損ねないよう、送り込む人員は厳選しなくてはいけないわね。平民だからと下に見て、無理難題を押し付けたり、騎士団で十分対処できる程度の戦闘をわざとやらせるなんてことがないよう、徹底させなければ

さあ、もう一押し。


「簡単に土壌調査したところ、魔獣が多くいるせいか、土に含まれる魔素が多く、普通の作物が育ちにくいという結果になったようです。そのため、イモや雑穀くらいしか生育できなかったようですね。そこで、土壌から魔素を消すかあるいは中和する方法と、並行して魔素を含んだ土でも育つ作物の品種改良。これを王家主導で進めることとします。それが軌道に乗るまでは、比較的収量の多い品種の種イモを提供します」

「はい、ありがとうございます」


うんうん、これも正解ね。トネル村の暮らしを良くしたいって、勇者は幼馴染の女の子と頑張って畑仕事をしていらしたのだものね。


「それと、森に採取に行く村人も多く、魔獣に襲われてけがをする方が後を絶たないと聞きました。農作物の育ちにくい村では、森の恵みは貴重なものでしょう。そのため、魔獣除けの携帯用魔道具を30個、勇者様に下賜します。森に採集に行く村人に、都度貸し出す形がよろしいでしょう。悪用されないよう、しっかり管理してください」

「はい、仰せのままに」


まあ、これくらいはやってもらいましょう。大した負担ではないはずだし、幼馴染の子も森へ採集に行くでしょうから。

まあ、その時はこの勇者様がべったり張り付いているそうだから、そもそも魔道具なんていらないでしょうけれどね。


「それと、先ほど国王陛下がおっしゃった報奨金として金貨2000枚は、そのまま授与します」

「ありがとうございます」


「最後に。王家は、勇者様の貢献と感謝を忘れません。そのために、勇者様のあらゆる自由を保証します。王家は、勇者様の結婚に関して、一切の干渉をしないことを、ここに宣言いたします。王家が関わらないのですから、当然すべての貴族家に対しても、勇者様の結婚への一切の干渉を禁じます。もし背いた場合は、厳しい処罰があると心得なさい」


そうはっきりと宣言して、貴族たちの席を見回すと、一斉に彼らが首を垂れた。さすがにあの殺気を食らって、自分のところに取り込もうとする命知らずはいなかったか。いないと思いたい。

そして、……なんと、あの勇者までもが、頭を下げているではないの!

よかった、何とかうまく乗り切れたようね。

私は、パンと音を立てて扇を閉じた。


「勇者様、大儀でありました。後ほど、褒賞は目録として、伝書鳥にてお届けいたします。……お早く故郷へ戻りたいのでしょう? 今宵の戦勝パーティへの出席は不要ですよ」

「ありがとうございます。王女殿下、このご恩は決して忘れません」

「いえ、あなたの働きに対する正当な対価よ。恩を感じる必要はございません。……では、褒賞については以上よ」


そうして、謁見の儀が終わると速やかに、勇者は王宮から姿を消したと聞いた。

危険物が城から去って、どれくらいの人が胸をなでおろしたかしら?

そのうちの一人であるお母様王妃陛下に、報告をしなくてはね。

この国の、に。

泡を吹いて気絶したままのお父様が、玉座ごと運ばれて退出して行くのを見ながら、私はため息をついた。

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