死んだ妹にそっくりな少女を雇った
天海いろ葉
プロローグ
生きる意味
森が血に染まっているかのようだった。
真夜中。世界が闇に包まれる時間である。しかし、森は眩しいほどに明るかった。それは煌々と輝く炎のせいだ。不気味な赤に染まったその炎は森を広く、濃く覆っていた。
そして、その森を静かに眺める少女がいた。
少女はぽかんと口を開けている。その顔は恐怖で怯えているようにも、死を悟ってすべてを諦めたようにも、他人事のように平然としているようにも見えた。
「お逃げくださいっ!」
焦ったような声が響き、少女は肩を掴まれる。
掴んだのは、少女よりもいくらか歳上に映る女性だった。その女性は地面に膝を突き、少女と目線を合わせる。
「私が時間を稼ぎます。その隙に、お嬢様はここからっ……!」
女性が切迫した声で言うと、少女は慌てた様子で踵を返した。だが、すこし歩いたのちに止まってしまう。
その少女を見て、女性は怪訝な表情になった。
「どうなさったのですか……?」
「逃げる意味、ある?」
少女は唇を結ぶ。
「逃げたところでまた同じことのくり返し。みんな、やっぱりそう思ってる。みんながそう望むのなら、私は──」
「──なりませんっ!」
女性が、少女の声を遮るように叫んだ。
「あなたは、生きていていいのです。誰よりもお優しいあなたは、この世界で生きなければいけない方なのです」
女性は少女に近づき、その手を優しく握る。
「今はおつらいかもしれません。しかし、いまを乗り越えられれば、あなたが笑顔でいられる日がきっと訪れます。その時まで……どうか、どうかっ……」
女性が、痛みを耐えるような表情で告げた直後だった。ヒュンと風を切るような音が響く。その音を響かせたものの正体は矢だった。
「くっ──」
女性が苦々しげに振り向き、腕を掲げる。その腕の先に生み出された氷壁は、遅れて飛んできた矢数本の行く手を阻んだ。
少女に向き直りながら、女性は言う。
「わたくしも後で必ず追いかけます。いまはお一人でお逃げください。だから早く……お行きください……!」
「っ……」
少女は胸を押された勢いのまま、森の奥へ駆けていった。
依然、その表情は曇っている。それは、少女がこの逃走に意味を見出せていなかったからだ。
──私は、生きていていいのだろうか。
その問いに対して、少女は自答することができなかった。
それでも、少女は走った。走らなければいけないと思った。生きろと言ってくれた女性の言葉を胸に留め、草を掻き分けていく。眉を寄せ、視線は斜め下に向けながらも、一心不乱に前へ進んでいった。
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