氷絵《こおりえ》

ななおか

第1話 氷づくりの少年

水を器に流し込む。布を器に巻く。外に出す。

たったこれだけの作業でも、布を甘く巻いてしまったり、器から水を溢れさせてしまったりすると、いびつな形の氷ができてしまう。と、頭の中では理解していても、実践するとなると上手くいかない。7年以上親父の仕事を手伝っているが、透き通った綺麗な立方体の氷を作れるのは十回に一回ほどだ。リオルが暮らすブレド村は、帝国の最北端に位置しており、冬場は気温が氷点下を下回ることもしばしばある。さらに近くのブレド山からは川が流れており、質の高い水が手に入るため、氷が特産品となっているのだ。春から夏にかけて、氷を比較的温暖な帝都で売り出すことで、村人は生計を立てている。まさに命の氷だ。

「これで、70箱目…今週のノルマまで、あと120箱か。」

今日一日の自分の目標を達成した俺は、一番近くに置いてある器を拾い上げ、親父のところへ持っていく。

「昨日作った氷なんだけど、どうかな?透明度はかなり高いと思うんだけどなぁ」

親父は難しい顔をしながら、氷を一点に見つめていた。5秒ほど経って、やっと口を開いたと思うと、それからは地獄の質問攻めが始まった。

「確かに透明度は高いが、角が少し尖っているな。どのような工程で作ったらこうなるんだ?こんな尖りは器に水を注いだ後に器を拭かないから、それが固まってつながってしまったという原因以外考えられんがな。それに―…」

「だーっ!!!わかった!わかったから!こんなもの全然透明で綺麗じゃありません!すみませんでした!」

なんだか話が長くなりそうだったので、話を打ち切った。すると親父がぼそっと何かを言った気がした。

『透明度は帝国一なんだがなぁ…形がなぁ…』と。


午前の仕事が終わると、20分間の昼休憩がある。俺が外に出ようとドアに手をかけると、ふと、親父がこんな事を聞いてきた。

「なあリオル、お前、成人後はどうするんだ?」

帝都大法によって成人は15歳と規定されている。親父は俺が夏に誕生日を迎えた後、なんの職業に就くのか、ということを聞いているのだろう。ならば、答えは決まっている。

「俺は―…」

言葉を発しようとした瞬間、俺が手をかけていたドアが大きな音を立てて開いた。そのドアは、目の前に立っていた俺を綺麗に捉え、左方向に吹っ飛ばした。

「あ~っ!!ごめんリオル!ケガしてない!?ねえ生きてる!?息してる!?起きてよぉっ!」

「息してるって聞く必要あったか!?死んでたら息の根止まってるわ!」

反射で思わずツッコミを入れてしまう。顔を上げると、そこには俺と同い年ぐらいの女の子が立っていた。

「アリシア…お前、そろそろノックをするとか、ごめんくださーい、とか言う癖を付けたらどうなんだ?」

「リオルにノックなんて必要ないも~ん!私たちはもう以心伝心できるもんね~超能力~!」

「できねぇわ!」

「あらあら~二人とも仲良しね~」

アリシアは俺の幼馴染で、小さなころから一緒に遊んだり、昼食をとっていた仲だ。村の絵画教室に通っていて、その実力は帝国絵画団が目を付けるほどの実力らしい。

とてつもない変人で、村の畑のなすを全部収穫して、それを並べて地上絵のようなものを作ったり、教会の壁にでっかい落書きをしたりして、村長によく怒られているようなやつだ。

「ご飯食べ行こ、リオル」

「いいけど…俺まだ親父と話が」

「いってこい。貴重な昼休憩を奪うわけにもいかんからな。」

そう話に入ってきたのは親父だ。結構大切な話だと思うのだが。

「いいのか?今度で」

「別に急いで結論を出す話ではないだろう。ほら、アリシアが待っているだろう。早くいかんか」

俺は外で待っているアリシアに目を向けた。

「わかった。じゃあちょっと外出てくる。」

アリシアと向かったのは、村にある大衆食堂だ。昼休憩の時間や夜になるととても混雑する。店内には結構な数の人が食事を楽しんでいた。

「おお、店の前のテラス席空いてんな。あそこでいいか?」

「うん!いっぱい食べるぞ~、お~っ!」

「いや誰も一致団結してねぇよ!?」

そんな会話をしながら俺たちは食事を注文するために、店内のカウンターに向かった。すると、受付のアンドレおばさんが、「またあんたらかい!はやく結婚しちまいな!わはははは!」とか言っていたが、スルーした。

俺が注文したのはチーズミートスパゲッティ。アリシアは店で一番人気のフランマオムライスを注文していた。卵を約1000℃の高熱でほんの一瞬だけ焼いて作っているらしい。

「う~ん、やっぱり食堂のフランマオムライスは最高だねぇ!ちょうどいい卵の焼き加減がたまらないよ!」

俺も負けじとスパゲッティを頬張る。すると、アリシアがこっちをじっと見つめてきた。

「…なんだよ」

アリシアは何も言わない。じっと俺のことを見つめたままだ。

「ちょっと食べにくいんですけど…アリシアさん?」

ガタッ!と大きな音を立てて急にアリシアが立ち上がる。す~っと俺の顔に顔を近づけてくる。

「…ついてる」

「ああ…なんだそういうことかよ。そんなの早く言ってくれれば…」

と言いかけた瞬間、俺の頬に何かやわらかい感触が襲った。やわらかいだけでなく、温かい。いい香りもする。思考がまとまらない。

「おまっ、おま、お前、何して…」

「つっ、ついてたから、取ろうとした…の」

頭の中がふわふわする。目の前には頬を赤らめたアリシアの姿。その姿は、本当に―

「おいおいおいおい!?お前ら何真昼間からイチャイチャしてんだよ!」

「お前らやっぱりな!やっぱりそうだったんだな!幸せな奴らめ!」

「お似合いなんじゃねーのかぁ!?」

辺りを見渡すと、なにやら意味深な顔でニヤニヤしている人や、動揺する同年代の奴らの姿があった。

「お似合い…だって」

「ああ…そう、だな」

顔から火が出るような恥ずかしさで、お互い言葉に詰まってしまう。俺はしばらく、アリシアの顔を直視することができなかった。


つづく

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氷絵《こおりえ》 ななおか @yumasasaoka

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