第2話 地獄からの呼び声に、中指おったてるぐらいで丁度良い

 吹陣咲すいじんざき 桃花ももかは探索者であり、迷宮配信者だった。

 DTUBERとも言う。


 一年で七年進歩する、異界に触れた世界はまさに犬の年齢ドッグイヤーと呼べるような世界となった。

 新たな技術、新たな物質、それらは世界を変容させ、人を変容させた。


 無数の新しい生き方が生まれ、そして消えていった。

 そして今、もっとも新しい生き方は迷宮配信者という生き方だろう。


 浮遊照明フェアリーライトという、使用者の周囲を照らしながら浮遊し追従するという魔術技巧道具ウィズテクガジェットに、カメラを搭載した物が開発された事で発生した職業だ。

 自動で撮影してくれる便利な道具を手に入れた事で、探索者の中に探索の様子を配信する者が現れた。


 これが世間では大いにウケた。世間どころか世界単位で。古代ローマまで遡らなくても、他人の流す血が娯楽になるのは人類にとっては既知の業である。

 桃花ももかは、そんな世界に飛び込んだ十六歳の女子高生だった。


「翻訳AIが読めない苗字系迷宮ダンジョン配信者、吹陣咲すいじんざき桃花ももかだよ」


 桃花は配信用カメラに向けて手を振りルーティンの挨拶をする。左腕に取り付けた籠手のような曲面ディスプレイにコメントが表示される。

 早速飛んできたスパチャが読み上げられ、浮遊するカメラから合成音声で再生される。


 出足は上場。

 桃花にとっては、大学への進学資金を貯める為に始めた迷宮配信業だったが、予想以上に上手くいっている。


「今日は安全地帯セーフゾーンから近い深度1からもう少し奥へ行ってみようと思います」


 桃花は安全地帯セーフゾーンと言いながら心中で苦笑する。

 大阪ダンジョンには安全地帯等という物はない。


 単に以前はカッパ横丁と言われた場所周辺に人が集まっているだけだ。

 人が集まっているだけで迷宮内なので、普通に魔物は出現するし普通に安全ではない。暗黙の了解で安全地帯では魔物が現れたら協力して対処する、という酷くあやふやな物があるだけだ。


 視聴者の中にも知っている者はいるが、それを理解している者はいないだろう。

 だがそれで良い。だからこそ自分は配信者としてお金を稼げるのだから。


「では今日も一攫千金目指してぇ~! ダンジョンダイブ!」


 桃花は元気よくカメラに向かってそう言うと、いつもの位置、自分の背後にカメラが移動した事を確認すると表情を引き締めた。


 *


 俺は悲鳴を聞いた。

 阪急梅田駅を中心にできた安全地帯セーフゾーンから南に下った所にあるそこは、かつてはお初天神通りと呼ばれ。深度2と呼ばれるようになる危険地帯だ。

 その入り口で俺は悲鳴を聞いた。


 大阪迷宮は地上にあるが、迷宮という事で危険度は深度で表現されている。

 深度2というのは、ここから先素人は死ぬ、という深度である。


 その奥から聞こえてきた悲鳴に。

 跳ねあがる心臓を自覚する。


 叫びとは、希求の声だと聞いた事がある。

 望む物があるから、叫ぶのだと。


 迷宮で聞く叫び。

 それが求める物は何か?


 問うまでも無い、助けを求めてだ。

 体が震える、悲鳴とはすなわちそこに危険があるという証左でもあるのだから。


 自慢にならないが俺はただの特撮オタクだ。

 ヒーローに憧れるが、ヒーローではない。


 俺は腰に吊るした魔道具ホルダーに手をやる。

 そこにあるのは、特撮オタクの夢の産物だ。


 魔術技巧ウィズテクという技術に触れて、それがもたらす光に目を焼かれ、それがあるのなら、そうであるのなら、もしかしたら自分も“そうであれる”かもしれないという夢の産物だ。

 深く深呼吸する、湿った迷宮の匂い。


 冷たい現実空気を肺に取り込んでも、己の衝動が冷めない事に安堵し。

 そして俺は覚悟する。


 そうヒーローであろうとする時、その時点でヒーローそうなのだ。

 俺は走りだせる自分に満足する。


 迷宮化し、今や元は何だったのかも分からない店が視界の端を流れていく。

 いたる所に影があり、そこに魔物がいるかもしれない恐怖を噛み殺す。


 悲鳴の主はすぐに見えた。

 長い黒髪を邪魔にならないように一つに括り、探索者シーカーとしては派手なピンク色のジャケットを着ている。


 悲鳴の主の側に浮かぶ、浮遊照明フェアリーライトが照らす先に、地竜アースドラゴンと呼ばれる魔物がいた。

 異界から渡ってきた竜達は爬虫類っぽい魔物に、こちらの人間が何でもかんでもドラゴンと名付ける事に大層怒ったらしいが。


 いやもう、ドラゴンとしか言えないだろうと、実物を見て思う。

 トラックサイズのコモドオオトカゲに似た生物なんて、こっちの人間からすればドラゴンと呼びたくなる。


 女性探索者が手に持った戦槌ウォーハンマーを構えるが、背後からでも分かる程に苦し気で、本調子でないのが分かる。

 何故かどこからか合成音声の声が聞こえてくるが、その内容は〈頑張れ〉等の今ここで言う事か?みたいな内容だった。


 俺は腰のホルダーから魔道具を取り出す。

 背後から駆け寄ってくる俺に気が付いたのか、女性探索者が振り返り目が合う。


 想像以上に若い容貌に、おそらく同い年ぐらいだろうと思いながら俺は最後の覚悟を決める。躊躇するな、勇気を出せ。突っ込め俺。

 彼女が振り返ったのを隙と判断したのか、地竜が小学生ぐらいはある前足を振り上げる


 俺は今からアレに突っ込むのだ、正面から。

 早鐘のように胸を連打する心臓は、恐怖ゆえだったのか?それとも愚かな特撮オタクの英雄願望ゆえなのか?


 俺にはもう分からなかった。

 右手に握った魔道具を起動させながら、女性探索者と地竜の間に割って入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る