第6話 舞踏会は敵ばかり

 松茸デートから帰ると、早々に舞踏会の準備に入る。


 ドレスを着用し、舞踏会用の化粧を施す。淡いピンクのドレスに似合うよう、自然に見えるメイクで勝負をかける。


 母から受け継いだアクセサリーを身につけ、準備は完了。皇城の大広間へ移動する。


 官吏達が準備に追われている中、入り口で皇帝秘書官のロデリックが皇兄のダスティンと話をしていた。


「あ、クラウディア嬢。見違えましたよ。クラウディア嬢の勝負服は真っ赤なドレスだと思っていたから」


 ロデリックが目ざとくクラウディアを見つけた。クラウディアはカーテシーで二人に挨拶をした。


「このドレスも自作ですの。若い子が着るドレスみたいで恥ずかしいのですが」


「いや、君もまだ若いじゃんか。二十一だし」


 ダスティンがそうフォローするが、フォローになっていない。


「同い年のダスティン殿下は既にお子さんがいらっしゃるではないですか。奥様は、お二人目をご懐妊なんですよね。もう若くないということです」


 渋い顔で指摘をする。既に子がいる人もいるのに、二十一にもなって未婚で、婚約者は十六歳なのだ。年甲斐もないとはこのことだ。


 同級生の未亡人にバカにされても仕方がない。


「女性が歳を重ねることをマイナスに見られる風潮もよくないな。歳相応の美しさというものがあるのに。私は妻が五十になっても、六十になっても、本人が着たいドレスを着ればいいと思っていますよ。そのドレス、大変お似合いです」


 ロデリックは渋い表情のクラウディアに再度フォローを入れた。後半は単なる惚気だ。ロデリックもまた、既婚者なのだ。


 大広間には続々と人が集まってくる。クラウディアは二人と別れ、部屋の隅へと移動する。まずは皇帝のご挨拶から舞踏会はスタートだ。


 アレックスは、黒の燕尾服えんびふくを着用している。彼が現れると場が一気に華やいだ。女性達から歓声があがる。


「なんて素敵なの、皇帝陛下」


「まだ十六ですが、あの色香。溜まりませんわぁ」


 十代と思わしき女の子と、女の子の母親と見られる妙齢の女性が口を揃えてアレックスの美しさを讃える。


 妙齢の女性の発言には、野生の肉食獣のような響きを感じ、アレックスが食べられてしまうのではという恐れすら感じる。


 女性がおしとやかで控えめ、なんていうのは男の願望が見せる虚像だ。クラウディアにはわかる。女性は男性に勝るとも劣らずの肉食獣なのだ。ターゲットをロックオンし、捕食する技術は女性の方が上手の場合もある。


「なにあのドレス。もう二十歳を超えているというのに」


「どぎつい真っ黒なドレスがお似合いでしょ。だってあの方、過去に謀反を起こしてますし」


「なぜ没落貴族の年増が婚約者なのよ」


 まだ十代と思わしきどこぞの令嬢の話声が聞こえる。


 クラウディアには聞こえ、アレックスには届かない、絶妙な音量で悪口を言うのも女性の得意技だ。ここでクラウディアが振り向いて文句を言えば「あら、あなたのことではありませんのよ。オーホッホッホ」と返ってくるに違いない。


 あきらかにクラウディアのことを指しているに違いないのに、具体的な名前を出していないことからギリギリ言い逃れができる悪口を言うのだ。


「この国が建国され、はや一年が経ちました。臣下諸君の活躍のおかげで、安定した国家運営ができております。皇帝として感謝以上の言葉がありません」


 アレックスがよく通る声でスピーチを始める。女性達は悪口を言うのをやめ、アレックスの言葉を陶酔した表情で聞いている。


(随分と立派になったわ)


 クラウディアもアレックスの言葉に聞きいる。彼が五歳からの付き合いなのだ。早熟で、神童と讃えられた可愛らしい男の子は、美少年になり、今は青年に足を踏み入れようとしている。


 胸がキュンと高鳴る。誇らしいのだ、彼が。


 宰相や内務大臣、軍の幹部がスピーチを終えるとダンスパーティーが始まる。


 美しい皇帝がクラウディアの方へゆっくりと歩み寄る。未婚のご令嬢達の痛い視線がクラウディアに集まる。


「やっぱりそのドレスで正解でしたよ。うーん、可憐で、あなたの聡明さと品の良さも表現されております。私の婚約者は本当に美しい」


 周りの女性達に聞こえるように、アレックスは賛美を送る。


「あなたの功績のおかげでこの国があるのです。あなたのお父上が築いたチャンドラー基金によって、貧しい民も救われました。本当にチャンドラー公爵家は我が国の宝です」


 謀反人の家、という悪口に対抗しているのか、そんなことを言う。


「彼女達の悪口、聞こえてましたの?」


 小声で聞くと、アレックスは首を振る。


「この手の舞踏会であなたを中傷する言葉なんて、大体わかりますよ。出る杭は打たれるってやつですね。チャンドラー基金の名前をそのままにしておいてよかった」


 チャンドラー基金は、クラウディアの父が作った貧民のための救済基金だ。腹黒く、王位簒奪を企む父ではあったが、国を想う気持ちは(一応は)あったようだ。


 アレックスは、チャンドラー家のような自分と対立した家についても、功績は功績として世に残している。戦で滅ぼした領主の家にしてもそう。決して中傷し、家を貶めることがないよう記録を残す際も配慮している。


 チャンドラー家は、シルヴェス皇家とは親戚だから、取り潰すわけにはいかなかったのだろうが、クラウディアへの配慮もあるのだろう。


「それに、私だって男性から影で悪口を言われてるんですよ。『子供が権力を盾にして、結婚適齢期の美しい女性を未婚のまま縛りつけている』ってね。まぁ、事実なんですけど」


 そのままクラウディアの手を取ってダンスへエスコートしてくる。向かい合わせで踊ると、アレックスが背が伸びたのがよくわかる。リードもうまい。さすがの運動神経だ。


 クラウディアもまた、ダンスの名手でもある。二人の優雅な踊りは羨望の眼差しで見られた。

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