第4話 ドレスとサロン
「服が焼き肉の匂いになってしまいましたわ」
お腹が膨れたところで、クラウディアはアレックスのワンピースをくんくんと嗅いだ。そこでバッグから一つのスプレーを取りだす。
薔薇の消臭スプレーだ。これはアレックスが開発したものだが、クラウディアはこういうこともあろうかと持ち歩いているのだ。
シュッシュと振りかけると、アレックスは嬉しそうに笑った。
「薔薇の香りに包まれて幸せです。まるで朝のデートのようです」
うっとりとそんなことを言う美少女を可愛くないなんて思えるはずもない。つい頭をナデナデしてしまう。
「次は生地を買いに行きましょう」
表通りをしばらく歩いてから洋裁屋へ到着した。
色とりどりの生地が所狭しと並び、装飾用のレースやビーズなどの種類も豊富だ。
「これはこれはクラウディア様」
洋裁屋の店主が揉み手をしながら現れた。店主にとってもクラウディアは上客だ。
「淡い桃色の生地を探していますの」
「ほぅ……そちらのお連れ様のドレス用ですか?」
お連れ様、と言ってアレックスの方を見る。可憐な黒髪美少女には、桃色もよく似合うだろう。
(どうせわたくしのようなどぎつい女は、いかにも『悪役令嬢』的な真っ赤や黒のドレスがお似合いってところよね)
クラウディア用だと思わなかった店主に、クラウディアも渋い顔をする。
「違いますわ。こちらのお姉さま用ですの」
アレックスが口添える。ちゃっかりとお嬢言葉を喋っている。
「お姉さまは真っ赤なドレスも似合いますが、淡い色もとても似合うと思うのです。今日の藤色のワンピースもとてもお似合いですわ」
説明するアレックスを、店主はうっとりとした目で見つめた。
「大層可愛らしいお嬢様で。クラウディア様の妹君ですかね?」
「いいえ、この子はわたくしの従妹ですわ」
従姉妹ではないが、アレックスとクラウディアは遠い親戚でもある。クラウディアの父は、先々代のバチ王国国王の弟の子である。
「アリス、やっぱりわたくしの歳では淡いピンクは恥ずかしいですわ。もう二十一なんだもの。十代の子向きよ」
そう言って、淡い桃色の生地を置いた時だった。
「あら、クラウディア様ではありませんの。なぜ洋裁屋へ?」
ぞろぞろと仕立職人を引き連れて店に入ってきた貴婦人を見て、クラウディアは固まる。
「あら? 桃色? まさかクラウディア様が纏うドレスでしょうか!?」
失笑するように扇子で顔を隠しながら笑うその婦人。
「エレノア様……」
エレノア・イヴ・グレイアム公爵夫人。クラウディアの同級生である。
夫人ではあるが、夫は既に故人。旧バチ王国の要職にあった年の離れた夫は、二年前に病で亡くなった。
学園を卒業してすぐ結婚したエレノアは、なかなかの策略家である。彼女は人生にロマンティックな愛や恋は求めていない。財産を持ち、かつ、すぐにも
齢十八にして、生まれながらの後妻業の才を見せつけた。その才は二十一の現在も健在だ。公爵家自体は継子である先妻の子が継いだが、エレノアは夫の財を受け継ぎ、その資金でワイナリーを開業した。
そんなエレノアであったのだが、彼女は学生時代からクラウディアをライバル視している。
「クラウディア様はまだお可愛いですもの。桃色もよくお似合いになるでしょうねぇ。いまだに未婚ですし」
(きましたわね、マウント……っ)
クラウディアの戦闘モードがMAXにまで高まる。
「エレノア様は落ち着いていらっしゃいますものね。事業を見事に成功させてますもの。わたくしもお宅のワイナリーのファンですのよ。先月も最高級のワインを五十本ほど購入させていただきましたわ」
クラウディアは上顧客アピールする。事業者にとって顧客は神である。立場はこちらが上、を強調しておく。
「しかしクラウディア様の婚約者様はワインは飲めないのではなくて? お一人で楽しんでますの?」
「えぇ、おひとり様も楽しいものですわ」
「まぁ……お一人では深酒になりましてよ。御夫君になられる方が歳若いというのも寂しいものですわね。わたくしのサロンにいらっしゃらない? ワインのアテでしたら揃ってますの」
アテは隠語である。この未亡人は、サロンにグッドルッキングガイを集めてハーレムを形成している。未亡人とはいえ独身。継子は苦言を言ったらしいが、エレノアは意に介していない。
「わたくし、アテがなくてもワインは飲めますの。先ほども申しましたわ、おひとり様は最高だと」
クラウディアはツンと返すが、エレノアも引きさがらない。
「おひとり様に慣れ過ぎてしまうと、せっかくの大輪の花が崩れましてよ。英気を浴びてこその女盛り。おままごとのお人形といつまで遊ぶのかしら」
エレノアが攻撃的に目を細めた時、存在を忘れられていたアレックスが前に出た。
「お姉さま、こちらのご婦人が、お気に入りのワインを作られている方ですの?」
エレノアは目の前の美少女が「おままごとのお人形」の少年皇帝とは思っていないだろう。クラウディアの方がヒヤヒヤしてしまう。
「わたくしもサロンに行ってみたいですわ、お姉さま」
(しまったわ。わたくしとしたことが……っ! この子の耳を塞いでおくんでした……っ)
「まぁ、可愛い。クラウディア様のご親戚の方?」
エレノアは興味深そうにアレックスを眺める。クラウディアはアレックスの袖を引く。
「そ、そうなのです。この子は従妹ですわ。アリス、向こうに行っていなさい」
ふと見ると、洋裁屋の店主も、突如勃発した女同士のマウント合戦にブルブルと震えている。
「アリス、いいから向こうに」
アレックスはクラウディアの手を腕から解き、きらりとした瞳をエレノアに向ける。
「グレイアム公爵夫人とお見受けいたしました。アリスと申します。わたくし、ワインは飲めませんが、ぶどうジュースなら飲めます。サロンにお招きいただけると嬉しいですわ」
アレックスは可憐にカーテシーで挨拶をする。
「え、えぇ……」
明らかに未成年と思わしき少女を、グッドルッキングガイが待つサロンに誘う気にならなかったのだろう。エレノアは
「で、ではクラウディア様、また――」
そう声をかけて、エレノアは立ち去る。その背を見送ってからギロッとアリスを睨んだ。
「アリス、あなたがエレノア様のサロンに出向くことはわたくしが許しません」
アレックスは怜悧な瞳でエレノアの馬車を見送っている。
「アリス、聞いていますか?」
ぐいっと肩を掴むと、アレックスは大人っぽい笑みを浮かべた。
「グレイアム公爵領のワイン、とても出来が良いとソムリエ達も口を揃えております。ニツコウの名物にしたいものです。助成金などの話し合いも兼ねてお話を伺えればと思ったのですが」
(そうだったわ。この子は未成年でありながら皇帝。商談なら止めることもできませんが、でも……っ)
アレックスが妖艶な未亡人とグッドルッキングガイに囲まれるのは我慢がならない。
「それと、店主様、わたくし、どうしてもお姉さまとピンクのドレスが着たいのです。確かにピンクは十代向きです。何か工夫を加えることで、大人の女性の落ち着きも出せないものでしょうか」
アレックスは今度は洋裁店店主に話を振る。
「それならば、グレーのレースと合わせて作成されてみてはいかがでしょうか。グレーは大人の色ですが、それ単品でドレスは地味。華やかなピンクと合わせることによって、より華やかで大人っぽい雰囲気になりますよ」
さすがはプロ。店主がアレックスの希望に合わせた提案をしてくれる。
クラウディアの脳内でドレスのイメージが湧いてくる。
(もういいわ。エレノア様のことはいったんは忘れましょう)
「では生地を下さいな」
クラウディアはまず自分のドレスをイメージし、さらにアレックス――アリスの衣装をイメージした。イメージしたところで、アリスは舞踏会には出られないのだが。
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