第2話 皇帝のモーニングルーティーン

 朝のお散歩からの流れで、アレックスと共に食事を取らされる。


 皇帝の食卓といえども質素だ。保存食にもなる固いパンと、自家菜園で育てられたレタスと玉ねぎのサラダ、これまた自家菜園で育てられたサツマイモのスープ、そして庭の鶏が生んだ卵を使ったオムレツがテーブルに並ぶ。


 オムレツの中にはとろとろの汲み上げ湯葉が入っている。この湯葉というのがトウショウグウ帝国の建国前からある、帝都ニツコウの名物なのだ。


 アレックスは地元名産品の保護のため、毎朝湯葉を食す。質素倹約をモットーとしているので、湯葉だけが唯一の贅沢品だ。


「陛下は育ち盛りなのですから、もっと召し上がられた方がいいのではないでしょうか?」


 十五歳なのだからもっと食べていいのだと言っても、アレックスは優しく断りを入れる。


「私と同年代の子も、同じような食事を取っています。たまに地元の畜産業を視察した際に、牛乳を飲ませてもらえるからいいのです」


 その牛乳の効果なのか、アレックスの身長は今年に入ってぐんぐんと伸び始めた。六歳年上のクラウディアを追いこして、武官と並んでも遜色ないほどに背が伸びた。


「クラウディアにも私の粗食に付き合わせてしまい、申し訳ありません。私のなけなしのお小遣いで、あなたにだけ霜降り肉のステーキを――」


「わたくしは育ち盛りは過ぎました。だからお気になさらないでください。わたくしは、陛下の栄養が足りないのではと心配しているだけなのですから」


 お気づかいは無用とツンと返すが、アレックスは蕩けるような笑顔を向けてくる。


「なんと……私の健康が心配なのですか。嬉しい……」


 輝くようなオーラが冷え切ったクラウディアの心に沁みわたりそうになり、慌てて我に返る。流されてはいけない。


「そんなに心配してくださるなら、一度でいいから風邪を引いてみたいものです」


「おやめください、陛下。わたくしは知っているのです。風邪を引きたくて、咳をしている臣下の周りをうろうろされていることを」


 それなのに、アレックスはまったく風邪がうつることなくぴんぴんしている。皇城に仕える侍医によると、アレックスの免疫力は化け物並みに高いのだそうだ。


 流行り病で臣下が皆ダウンしていても、一人だけ元気なのだ。


「クラウディアから看病されたいのです。もう風邪を引いていなくても『風邪ごっこ』と称し、風邪を引いてる気分で横たわっていたいな。仕事もサボれるし」


 クラウディアはしらーっとした表情で侍女に視線を移した。


「聞きました? 陛下は仮病でお仕事をサボろうとされております。秘書官へ報告を」


 冷たく侍女に命じると、アレックスは溜息を吐いた。


「……冗談です。こら、君も真に受けて報告なんてするんじゃない。とはいえ、仕事も楽しいものです。護衛騎士と一緒にいられるし。私の護衛騎士は美男でね。私と護衛騎士との関係を妄想する侍女達が後を絶たないのですよ、フフフ」


 アレックスは心底楽しくて仕方ないというように笑う。美少年の笑う顔はそれなりに破壊力がある。見慣れても心拍数が勝手に上昇してしまう。中身はこんなに変な子なのに。


「さて、仕事の前に腹ごなしの稽古をしましょう。私の剣の相手はにしか務まらないからな。フフフ」


 ルンルンの状態で食事を片付けるアレックス。ちなみに最低限の使用人しか雇っていないため、食器の後片付けは、皇帝自ら行う。


「あ、クラウディアの分はそのままでいいですよ。私が片しますから」


「いいえ、わたくしも食器くらい自分で片しますわ。陛下の手を煩わせるわけにはいきませんもの」


「私がやりますから」


 このやり取りも、婚約してからの三年間ずーっと繰り返されている。なんでもクラウディアの世話を焼きたがるアレックスに、侍女も呆れ顔だ。



 離れの自室に戻り、婚約指輪に手を添える。


 この婚約指輪は、魔導工学の博士号を持つアレックス自ら開発した、いわゆる魔導具。この指輪にはとある特殊な魔術が組まれている。アレックスはこの魔導具の存在を限られた人物にしか明かしていない。


「性転換を起こせ《ジーニスメタモルフォシス》」


 そう唱えると、ドレス姿から護衛騎士の装束へと切り替わり、身体がむくむくと大きくなる。筋骨隆々とした美男子の完成だ。髪はポニーテールに結ぶ。腰に携えた剣はサムライソードと呼ばれる片側のみが刃になっている特注品で、大陸平定の快進撃にも繋がった代物だ。


 トウショウグン帝国皇家に仕える騎士は、別名サムライと呼ばれている。皇帝がサムライと呼べと宣言したからそうなっているだけなのだが。


 クラウディアはこのサムライ姿になった時は、クラレンス・ノウス・チャンドラーと名乗っている。チャンドラー家の傍流の家出身という設定だ。この姿で護衛騎士を務めている。


 なぜ男体化するのかと言えば、異性だと警護する場所の限界があるからだ。戦闘力はやや下がるが、便宜を考えてこの姿になっている。


 庭に向かうと、嬉しそうにアレックスが木刀を振って待っていた。


「遅いですよ、クラレンス。迎えに行こうかと――」


「どうせまた盗聴なさるのだから、来なくていいです」


 すげなくそう返し、木刀を構える。


 アレックスも木刀を構え、華麗かつスピードある剣さばきで、クラウディアへ踏みこんでくる。クラウディアが払って後退し、間髪いれずに今度はクラウディアが下から斬り込んでいく。クラウディアはそのまま尋常ならぬ速さで突きを入れ、急所で寸止めをした。


「参りました」


 負けたのに、どこか嬉しそうにアレックスは言った。これを九本繰り返し、残り一本は勝ちを譲る。


(強くなったわ……)


 アレックスは剣のセンスは抜群にあるが、クラウディアと相対する稽古を積み、より磨きがかかったようだ。



 クラウディアの特殊能力とは、他の追随を許さない圧倒的な武芸である。


 クラウディアは本気で戦闘する際には『一騎当千の刻印』という刻印が左胸に宿る。言い伝えによれば、この刻印は、はるか昔に大陸を平定したかつての英雄、エドゥール皇国の初代皇帝に宿っていたもののようだ。


 クラウディアは、その初代皇帝の生まれ変わりと言われている。


 アレックスが大陸平定に乗り出した際には、クラウディアが常に先陣を務めた。クラウディアの戦闘力により、他国の軍勢を薙ぎ倒し、圧倒した。


 クラウディアは、アレックスが大陸平定を果たした際の立役者で、帝国軍を代表する勇将でもあるのだ。

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