第36話 日常に入り込む異物



  ◇



「……で? 言い訳を聞こうか?」

 家に帰って。パパの腕に抱き着くプリメラを見ながら、ママが不機嫌そうにそう言ってきた。……ママの性格を抜きにしても、自分の旦那が娘くらいの歳の子と腕を組んで帰ってきたら、この反応もやむなしだろう。

「パパ、私、怖いわ……」

 そんなママを見て、プリメラはしおらしい態度でパパの腕にがっつり抱き着く。でも顔を見れば、全然怖がってないのが丸分かりだ。

「えっと……これはだね、晶さん。この子は身寄りがなくてだね。トラックから庇った縁で、うちで引き取ることになったんだ」

「トラックから庇った……?」

 珍しく焦った様子のパパが説明を試みているけど、ママの機嫌が目に見えて悪くなった。

「今更放り出すわけにもいかないし……晶さんには迷惑は掛けないから、どうか認めて貰えないだろうか?」

「……勝手にしろ」

 ママは明らかに納得していない様子で、そう会話を打ち切って、その場から立ち去った。自室に引っ込んだのだろう。

「お邪魔虫もいなくなったし、私たちは親子水入らずで一緒に仲良くしましょう、パパ」

 ママがいなくなったのをいいことに、プリメラは完全に調子に乗ってそんなことを言い出して、パパを引っ張っていく。そんな簡単に引っ張られるほどパパは柔じゃないけど、彼女を傷つけないように配慮しているのか、されるがままだ。

「ちょっと、いい加減にしてよ」

 だから私は、そんな彼女に苦言を呈した。プリメラはあまりにも好き勝手しすぎてるし、さすがに見過ごせない。

「あら、何か問題あるのかしら?」

「問題っていうか……パパにベタベタしすぎだよ。普通、本当の親子でもそこまでしないでしょ」

「それは普通の話でしょ? 私は普通じゃないもの。普通じゃない甘え方をしたっていいじゃない」

 私の言葉も、プリメラには暖簾に腕押しだった。聞く耳を持たないとも言う。

「それとも何? やきもちでも焼いてるの? 嫉妬?」

「嫉妬って……」

 煽るように言うプリメラに、私は二の句が継げなかった。嫉妬という指摘も、あながち間違いとも言い切れないのが、余計に質が悪かった。……子供は歳の近い弟妹が出来ると、親の関心をそちらに取られるため、その弟妹を敵視しがちになるって話は聞いたことがあるけど。まさか、自分が似たような体験をすることになるとは思っていなかった。

「いいじゃない。―――私にはパパしかいないけど、あなたにはもう一人いるじゃない」

「……っ」

 そして続いた言葉に、今度は完全に沈黙するしかなかった。もう一人――つまり、私にはママがいるという主張。あまりにも正論過ぎて、でも私にとってのママがどんな存在かを考えれば、私は何も言えなくなるのだった。



  ◇



 ……翌日。


「親船プリメラよ。よろしく」

「おいおいマジかよ……」

 学校にて。朝のホームルームに現れたプリメラに、輝美が普段より崩れた口調でそう呟くのが聞こえた。でも、それもやむなしだろう。……昨日の休校が明けたと思ったら、ボスクラスのプリメラが転校してきたなんて、青天の霹靂なんてもんじゃない。奈美や一美も同じような感想だろう。かくいう私だって、早朝にプリメラの制服が届けられた時には同じ反応をしたものだ。

「彼女は親船由美さんの親戚で、この度うちのクラスに編入することになりました。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」

 担任の言葉を聞き流しながら、思うのはこの手回しの早さだ。プリメラをうちのクラスに編入させたのはヌコワン―――というか、ヌコワンの所属する魔法少女局だ。魔法少女局でも、彼女の扱いはかなり異例らしい。プリメラの肉体は人間と全く同じだし、BEMと同じように扱うわけにはいかない。となれば、監禁などの非人道的な対応を取るのも憚られ、とはいえ放免するわけにもいかず……ということで、とりあえず我が家で引き取ることになった。それだけでなく、日中の監視も兼ねて、私と同じクラスに強引に編入させたのだ。ここまで、僅か半日足らずで実行していて、その手際の良さには驚きを通り越して呆れてしまう。即断即決すぎるというか、責任者のフットワークの軽さが見て取れる。

「これからどうなるんだろ……?」

 家だけでなく学校にまで出張って来るようになったプリメラに、私は漠然とした不安の籠った声を漏らすのだった。



「ちょっと、あれどういうことよ!?」

「一体何が起こってるの……?」

「さすがに説明が欲しいわね」

 休み時間になって、輝美たちが私の席に集まってきた。彼女たちの混乱は当然だし、説明したいのは山々なんだけど……なんて説明したらいいのか。

「プリメラさん、その髪、綺麗だね。もしかして外国人?」

「そうね。少なくとも日本人ではないわ」

「それにしては日本語上手だね」

「これくらい朝飯前よ」

 そのプリメラはと言えば、クラスメイトに囲まれて、転校生定番の質問攻めにあっている。学校に来るのは渋っていた彼女だが、意外にも社交的というか、嫌味な態度も見せずに普通に受け答えしていた。お陰で、教室中の注目が彼女に集まっているので、私たちが魔法少女関係の話をしたとしても聞かれることはまずないだろう。

「正直、私もよく分かってないんだけど……昨日、パパがプリメラにたまたま会ったみたいで。トラックに轢かれそうになっていたプリメラを咄嗟に庇ったら、プリメラが人間になっちゃったんだって」

「……何て?」

 私の説明に、輝美が目を点にしてしまった。奈美と一美も似たような反応だ。

「詳しい話はヌコワンに聞いて。ほんとに意味不明すぎて、よく分かんなかった……」

 あれからヌコワンとは少しだけ話したけど、プリメラについての説明はよく分からなかった。とにかく、今は人間として扱って欲しいということくらいしか理解出来なかったのだ。

「で、そのヌコワンはどこにいるのかしら?」

「今は学校の時間だし、どこかで油売ってるんじゃない?」

 一美にヌコワンの所在を聞かれるけど、当然ながら私も把握していなかった。肝心のヌコワンは今のところ姿が見えないし、詳しい話は後回しにするしかない。

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