第30話 各々の戦場
……その頃、別の場所にて。
「いくら何でも多すぎじゃない……!?」
「これじゃあキリがないよ……!」
大量発生した人型BEMを相手に、ブラウンとリーフが奮闘していた。リーフが大砲で人型BEMを片っ端から倒していき、ブラウンがエボリューションフォームでBEMウイルスを浄化しつつ被害者たちを癒していく。だが、BEM自体の数が多すぎて、倒すのも治すのも追いついていない。
「こうなったら、私もエボリューションフォームで……」
「駄目……! あんたのは使ったらガス欠になっちゃうでしょ……!」
リーフがやけっぱちになろうとするのを、ブラウンが窘めた。リーフのエボリューションフォームはボスクラスのBEMでも一撃で倒せるが、広範囲に人型BEMがいるこの状況には適していない。必要なのは、強力な一撃ではなく、手数だ。消耗の激しいリーフのエボリューションフォームではミスマッチにも程がある。
「でも、このままじゃあ―――」
「だからって―――」
「「―――え?」」
そんなこと言いながら戦う二人は、ふと空を見上げた。そして目にしたのは―――
……その頃、更に別の場所にて。
「うぉらぁーーー!」
「なんの……!」
殴り合いを始める、二人の大男。拳がぶつかる衝撃だけで、周囲の空気が爆音を奏で始める。
「むさ苦しいわね……まあ、丁度いいわ。私も、あなたと話したかったところだし」
「話……?」
そんな二人を眺める少女が二人。片や、ゴスロリ衣装を纏った、ボスクラスのBEM、プリメラ。片や、魔法少女の衣装を纏った、人間の少女、ビューティーピンク。彼女たちは対峙しながらも、言葉を交わしていた。
「ええ。あなたみたいに平和ボケしてる人間が魔法少女をやるなんて、どういう心境なのか気になるわ」
「平和ボケって……随分と失礼じゃない?」
呆れながらも、ピンクはステッキを構える手を緩めない。四人の魔法少女たちでは主力である彼女も、目の前にいるのがボスクラスという強力な個体であることは忘れていない。まして、今の自分には切り札であるエボリューションフォームがないのだから、油断をするなんて考えは微塵もない。
「平和ボケが嫌なら、脳内お花畑かしらね? どうせ、自分が負けて酷い目に遭うことなんて、考えてないんでしょ?」
プリメラは言いながら、周囲に黒い球体をいくつも生成して、ピンクに向かって飛ばしてくる。
「くっ……!」
ピンクは黒い球体を躱し、或いはステッキで弾いて対処するが、それだけで手一杯になってしまう。
「ほらほら、どうしたの? 魔法少女なんてその程度なのかしら? それても、自慢のパパに泣きついたら? まあ、そのパパも筋肉達磨と遊んでるみたいだけど」
プリメラが見やる方では、大男のBEM―――アルが、ピンクの父親―――正雄と殴り合いを繰り広げていた。
「ははっ、やるじゃねぇか人間……!」
「娘を守るためなら暴力も辞さないつもりではいるが……だからといって、こんなことを楽しめる神経は持ち合わせていないよ、こちらは」
上機嫌なアルに対して、正雄は顔を顰めている。ボスクラスのBEM相手に素手で渡り合っているというのはそれだけでも驚嘆に値するのだが、彼としては暴力はあくまで必要な手段であり、アルのように楽しむことは出来ないようだった。
「パパ―――ううん、パパに頼らなくなって、私だって……!」
そんな父親を尻目に、ピンクは一人奮闘する。何とか黒い球体の群れを捌ききると、一気にプリメラとの距離を詰め、ステッキを振り上げる。
「……っ!」
「あら」
だが、振り上げたステッキは振り降ろされることがなかった。ピンクが攻撃を躊躇ったのだ。
「ほら、脳味噌お花畑じゃない。人の姿をしているから攻撃できない? 今までだって、人の形をしたBEMを何体も屠ってきたじゃない。私なんて、ちょっと色がついて、人の言葉を話すだけで、本質的には他のBEMと変わらないのよ?」
「そ、それは……」
そんなピンクをプリメラはここぞとばかりに煽る。隙だらけのピンクを追撃することもなく、言葉の暴力で甚振って遊んでいるのだ。
「暴力を振るわれる覚悟も、振るう覚悟もなくて、戦場に立つなんて……パパの後ろで震えているのがお似合いよ」
「くっ……!」
ピンクはプリメラから距離を取って仕切り直そうとするが、近接戦闘が主体の彼女が後退を選んだ時点で、プリメラの言葉を否定できない何よりの証拠だった。
「いいわよ? 私は別に、無理に戦う必要はないし。でも、あなたが躊躇えば、それだけこの町の人間は苦しみ、傷つく。それにあなたは耐えられるのかしらね?」
プリメラの言うように、今も安楽町の人々は多くの人型BEMに襲われている。街の住人を助けるのに、このボスクラスの少女は最大の障害になるのは明白だ。それでも尚、ピンクは戦いを躊躇ってしまう。
「どうすれば……」
進退窮まって、身動きの取れないピンク。―――だが、彼女の葛藤は長くは続かなかった。
「……え?」
視界の端に違和感を覚えて、ピンクは空を見上げた。そこには―――
……その頃、商店街上空にて。
「ようやく、ようやくここまで来ましたね……」
宙に浮かび、眼下の町を見下ろすのは、ボスクラスのBEM、セプテンだ。彼が主導した作戦は順調であり、安楽町は混沌の最中にあった。
「このまま人間たちの負の感情が高まれば、当面の目的は達成できるでしょうね……」
作戦自体の目的は単純だ。町の人々を混乱させて、下位のBEMを使って苦しめ、負の感情をひたすら放出させること。それ自体はBEMの本能ともいえる行動だが、彼がそれを目指す理由は別にある。
「さて……負の感情が飽和するまで、人間たちが足掻く姿でも見物しながら待ちますか」
人間たちが負の感情を放ち続ければ、BEMが次々と発生する。それが続くとどうなるか。……BEMは土着の存在である。発生した地域から離れることが出来ない。これは、BEMがその土地に住む人間の感情から発生するせいだと言われている。古くは土着神の一種とされたこともあるBEMは、その性質のために町の外に出ることが出来ない。故に、セプテンは考えた。その制限を突破する方法を。
「どんなに順調にいっても、最低でも数日は必要でしょうからね……」
安楽町という一定の地域内を、大量の負の感情で満たす。それが彼の目的だ。それによって大量発生したBEMは、安楽町に収まり切らず、町の外に溢れるはずだと踏んでいる。そうなれば、安楽町のBEMは地域による縛りを受けずに行動できるはずだ。それが叶わずとも、町が混乱し続ければ町の外の人間にもそれが伝わり、町外の人間の負の感情も安楽町内のBEMに供給されるようになるだろう。そうなればどの道、BEMが町の外に出られるようになる。これこそが、セプテンの立てた計画である。
「まずは、先程の魔法少女の無様な姿でも見に行きますか」
今や、町に出現したBEMの数は数え切れなくなっている。今更魔法少女が何をしても―――それこそ新たなエボリューションフォームを発現させても、戦況はひっくり返らないだろう。それが分かっていたから、セプテンは目の前から魔法少女が去っても追い打ちをしなかったのだ。
「……え?」
だが、そんなセプテンは己の間違いに気づいた。いや、気づく前に思考が真っ白になった。何故なら、見上げた空には―――
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