第8話 母との確執と、覚悟
……その頃、親船家にて。
「……ただいま」
パパとの話し合いが終わって、リビングで寛いでいると、リビングに誰かが入ってきた。この家に入って来るのは、私とパパを除けば、ただ一人しかいない。
「おかえりなさい、
パパが、その人を出迎えた。その人―――ジャージ姿で、鞄と一緒に何故か竹刀を背負った女性。パパの奥さんであり、私にとってはママでもある人。親船晶、というのがママの名前だった。
「晩御飯は出来てるけど、すぐに食べるかい?」
「持ち帰った仕事があるからそっちが先だボケ。飯なんて一々待たずにさっさと食えよクソが」
パパの言葉に、ママは罵声を浴びせてさっさと引っ込んでしまった。……あれがママだ。常にイライラしていて、何かとパパに当たり散らす。そんなママが、私は昔から苦手だった。今も「おかえり」を言い損ねたけど、言い損ねたんじゃなくて言わなかったんだろうと言われれば反論できない程度には、苦手意識がある。
「じゃあ、先に食べてようか、由美」
「……うん」
パパはそんなママにも一切動じない。パパは私と同じくらい、いやそれ以上にママのことが大好きだからだ。でも……ママは、パパのことが好きとは到底思えないくらい、パパへの当たり方が酷い。さっきのはまだマシなほうで、ちょっとした事務的な会話ですら常に罵倒をしないと気が済まないし、雑談でも振ろうものなら罵詈雑言が飛んでくる。それもあって、私はママと極力会話しないようにしていた。どうしてパパはママと結婚したんだろうか……?
「さ、今日は大変だっただろうから、由美の好きなハンバーグにしたからね。召し上がれ」
「……頂きます」
今日の夕飯は、私の大好物のハンバーグ。パパお手製のそれは、下手なファミレスのものより断然おいしい。今日は色々あって疲れたし、ママの帰宅でちょっと気分が沈んだけど、せっかくのハンバーグなので気持ちを切り替えて夕食を楽しもう。
「……ねえ、パパ。ママには魔法少女のこと、話すの?」
夕食後、私はパパに、魔法少女の件について尋ねていた。……私の場合はパパが駆け付けた都合で当然のようにバレちゃったけど、他の三人はしばらく家族には魔法少女のことは隠しておくつもりらしい。私も、ママには隠したほうがいいんだろうか?
「それについては後で私のほうから話しておくよ。どの道、学校側にも話を通すことになりそうだし」
「そっか……」
でも、パパは話すと言った。でも、それも仕方ないことかもしれない。……ママの職業は教師だ。私と同じ学校で、数学教師をしている。勿論、私とは親子だから、私のクラスを担当したことはないけれど。でも、ヌコワンが学校に話を通すって言っていたから、ここで隠したところでどの道バレるだろう。それならパパのほうから伝えてもらったほうがいいかもしれない。
「……相変わらず、晶さんのことは苦手なのかい?」
私の様子を見て、パパは苦笑しながらそう尋ねてきた。……パパは、私がママに苦手意識があることくらい当然知っている。だから時々、今みたいに困ったような表情を見せるのだ。
「……うん」
「そうか……」
躊躇いがちに頷く私に、パパは相槌を打った。……ママは私にとっては苦手な存在だけど、パパは大好きなんだって、だからこそ結婚したんだってことくらい、見ていれば分かった。だけどパパは、私にママと仲良くなるように無理強いしない。ただこうやって、困ったような表情を見せるだけだった。
「それはそうと……由美は、本当に魔法少女をやるのかい?」
「……え?」
気まずくなったからなのか、パパが露骨に話題を変えてきた。だけどそれは、あまりにも不意打ち気味な内容だった。
「さっきは有耶無耶になったが……そういえば、由美の意志をちゃんと確認していなかったと思ってな。報酬の件が解決したとして、由美はそもそも魔法少女をやりたいのかい?」
「それは……」
パパに問われて、言葉に詰まった。……今日、私が魔法少女になったのは、目の前で苦しんでいる人たちを助けたかったからだ。私を守って戦うパパを助けたかったからだ。でも、それは所詮成り行きでしかない。ヌコワン曰く、魔法少女になるにはいくつかの条件が必要みたいだけど、それは私でなくても満たせるはずだ。実際、私と一緒にいた三人は全員魔法少女になれている。もしも私が魔法少女をやりたくないと言い出しても、ヌコワンは代わりの子をスカウトするだろう。
「あのぬいぐるみの話はいまいち全部理解できていないし、そもそも全部正しいのかも分からないが、とにかく由美が危険な目に遭うのは確実だ。……勿論、将来そういう仕事に就きたいというのならばそれはそれでいいだろう。けれども、それは今である必要はないんだよ?」
パパは優しく、諭すように語りかけてきた。それは、私のことを案じているから出た言葉なんだろう。そんなこと、言われなくても分かった。
「……でも、魔法少女は今ならないと、今困ってる人たちを助けられないんだよ」
それが痛いほど分かるだけに、パパに反論するのはちょっとだけ辛かった。だけど、言わないわけにはいかない。パパの優しさに甘えてるだけでは、駄目だと思うから。
「私じゃなくてもいいのかもしれない。でも、誰でもやれるってわけでもないし、私が助けられる人がいるなら、助けたい。それに……パパはいつも私を守ってくれるけど。私だって、ずっと守られっぱなしは、嫌だよ」
今日だけじゃなくて、パパは私の窮地には必ず駆けつけて、私を守ってくれた。でも、それに甘え続けていたら、私はいつまでも子供のままだ。パパから独り立ち出来ない。それに、今日気づけた。
「私は、私の力で誰かを守れるなら、守りたい。パパが、私を守ってくれたみたいに」
「……そうか。なら、もう何も言わないことにするよ。報酬の件は別だがね」
自分の気持ちをはっきりと言葉にしたら、迷いが消えた……とまでは言わないまでも、気持ちがちゃんと固まった。それを分かってくれたのか、パパはそう答えてくれた。
パパは、私の気持ちを汲んで、私を信用してくれたんだ。だったら、その期待にはちゃんと応えなきゃ。
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