第6話 パパは娘の待遇が心配
◇
「それで……魔法少女? というのはどういうことなんだ?」
「それはその……ヌコワン、お願い」
帰宅して。私とパパはリビングで向かい合って座っていた。私の隣にはヌコワンが浮かんでいる。事情説明のためについてきてもらったのだ。……ちなみに、他の三人とはあの場で解散している。今日はもうテスト勉強なんて気分じゃないし、あのままだと何かしらの騒ぎになることは想像に難くなったので、早々に立ち去る必要があったのだ。
「今日、君たちが遭遇した現象―――あの黒い靄や、黒い人型はBEMと呼ばれる存在ニャン」
「べむ……?」
「正式名称はBad Energy Monsterだワン。略してBEMだニャン。人間の負の感情が塊になって生まれた精神生命体だワン」
ヌコワンは、私たちにしたのと同じ説明をパパにもしている。……今更だけど、あんな怪奇現象みたいなことが現実に起こるなんて、未だに信じられなかった。こうやって改めて説明されても、胡散臭さが拭えない。
「簡単に言えば、霊感のない人間にも見える幽霊みたいな存在だニャン。だから普通の物理兵器は効かないワン。にも関わらず、人間の精神には大きな悪影響を与えるニャン。……まともに倒す方法は現状ただ一つ、正の感情をぶつけて、核になっている負の感情を相殺することだけだワン」
「ふむ……だが、私の拳で倒せたぞ?」
「それは君があまりにも特異な人間だからニャン。……普通、人間の持つ感情は正負どちらも微弱だワン。BEMはそれらが何らかの条件で集まって固まった存在で、量も質も、人間個人が放つものとは桁違いなのニャン。でも、君は明らかに異常だワン。放出する正の感情の量と質が、個人のそれじゃないのニャン」
ヌコワンの話によれば、パパは普通の人とはかなり違うらしい。……確かに、身体能力だけなら確実に人間離れしてるとは思うけども。それは感情のほうもだったらしい。
「話が逸れたワン……。BEMと戦うのは、普通の人間では無理ニャン。君だって、あの小さい靄程度―――僕らはBEMウイルスって呼んでるけれども、あのレベルを打ち払うのでやっとだったワン。しかも、十分に破壊しきれていなかったから、何度でも復活したのニャン」
最初に現れた黒い靄はBEMウイルスというらしい。確かに、人々に触れては狂わせる様子は、病気の原因になるウイルスみたいだった。
「BEMウイルスは、触れた人間を発狂させるワン。負の感情を増幅させて、狂暴化させたり、発狂させるのニャン。君みたいに素手でBEMと戦えるような人間なら多少は耐性があるとしても、普通なら触れた時点でまともな行動が取れなくなるワン」
「なるほど」
「そして、そんなBEMを倒すための存在こそが魔法少女だニャン。魔法少女は、機械的に増幅した正の感情を武器にしてBEMを倒したり、BEMから身を守ったり出来るワン」
「魔法少女なのに機械を使うのか……いや、昔そんな感じの作品があったが」
ヌコワンの説明に、パパが私と同じ反応をしている。……その作品、どんな感じなんだろう? 魔法少女活動を続けるのなら、何かの勉強になるかもしれないし、今度見てみてもいいかもしれない。
「そういうわけで、彼女には魔法少女として活動してもらうのニャン」
「ふむ……いくつか質問があるのだが」
「何だワン?」
一通りの説明が終わって、パパがヌコワンに問い掛けてくる。
「その魔法少女というのは、由美でないといけないのかね? 普通に考えて、そういうのは警察とか自衛隊とかの領分のはずだし、そうでなくても中学生にやらせるようなことではないと思うんだが」
「魔法少女になるにはある程度の条件を満たす必要があるのニャン。一つは少女、つまりは十代の女の子であることだワン。この年頃の女の子は、感情の出力や質が大きいからだニャン。いくら機械的に増幅するといっても、ポテンシャルが高い人材を起用したほうがいいのは道理だワン」
パパに言われて、私も、私たちが魔法少女に選ばれた理由が気になった。一つ目の理由である単に若い女の子ってだけなら、他にも沢山いるし。
「二つ目の理由は、BEMの出現場所にたまたまいたからだニャン。……BEMは出現条件が解明されていないワン。魔法少女のスカウトは基本的に後手に回りがちなのニャン」
二つ目の理由は単なる偶然だった。でも、放課後の駅前なら私くらいの年代の女の子もそこそこいるとは思うし、それだけではないと思うけども。
「そして三つ目の理由が一番重要ワン。……魔法少女は正の感情をうまく扱えることが必須ニャン。そのためには、強く愛されて育つことが必須なんだワン」
「愛されて育つ……?」
でも、三つ目の理由はピンと来なかった。いや、私自身はパパにかなり愛されていると思うし、その条件に合致するというのは分かる。でも、何故それが必要なのかよく分からない。
「愛とは感情ではなく、その燃料になる原動力ニャン。そして、強く愛されて育った人間は、正の感情を出力するポテンシャルが非常に高いワン。そういう人間は魔法少女としての適性も高いのニャン」
「なるほど……理屈は分かった」
ヌコワンの説明に、パパはとりあえず納得したらしい。私は未だにちょっとついていけてないけど、とりあえずパパのお陰で魔法少女としての適性を得られたってことみたいだ。
「ならば次の質問だ。……魔法少女というのは、給料などは出るのかね?」
「……は?」
でも、続くパパの質問はあまりにも意外だった。どうしてそこでお金の話が出てくるのか。パパにしては俗物的な問い掛けだと思った。
「出ないワン。魔法少女は原則ボランティアだと思って欲しいニャン」
「あ、出ないんだ……」
ヌコワンの返答に、私はちょっと残念な気持ちになった。……いや、お金が貰えると期待して魔法少女を引き受けたわけではないし、普通魔法少女ってお給料が出るイメージがなかったから当然なんだけど、無給ってはっきり言われるとさすがに少し凹む。
「そうか……なら、由美が魔法少女として活動するのは断固反対だ」
「ちょ、パパ……!?」
だけど、まさかそれを理由にパパが反対するのは予想外だった。パパって、そんなにお金にがめつい性格だったっけ……?
「魔法少女活動は人々を守る大切な役目だワン。魔法少女になれる人材は限られていて、魔法少女でないとBEMの脅威には対応出来ないニャン。……一度BEMが出現した地域では、BEMの再出現率が非常に高いワン。彼女には魔法少女として戦って貰わないと困るニャン」
「それは大人の事情だろう。子供に押し付けるものじゃない。……それに、だ。由美にしか出来ないというのならば、それこそ最低限の報酬はあって然るべきだろう」
魔法少女活動の必要性を説くヌコワンに、パパは毅然とした態度で返している。それは間違いなく、私のためを思っての行動だと分かった。
「私は多少過保護なところがあると自覚している。由美には危ないことをして欲しくないと思っている。それは本音だ。だが、それだけを理由に反対しているわけじゃない。……もし、由美が将来危険な仕事―――例えば刑事とか、自衛官とか、何かしらの危険を伴う職業を志したとして、危ないからという理由でそれに反対するつもりはない。娘が本当にやりたいと思っていることならば、それを応援するのが親の務めだ」
パパの表情はいつになく真剣だった。今まで見たことがないくらい、といっていいくらいに。そんなパパから、私は目が離せなかった。
「だが、無給だというのなら話は別だ。それはただの搾取だ。……先程挙げた職業だって、危険な代わりにちゃんとした給料が支払われる。誰かの代わりに危険なことを請け負うことで対価を得られる、れっきとした仕事だ。だが、その魔法少女というのはどうだ? 危険が伴う、出来る人間が限られる、やらないと多くの人が困る、だが報酬はなし。これを搾取と呼ばすしてなんと呼ぶ。子供のやりたいことを応援するのと、子供が搾取されるのを良しとするのは全然違う」
言われて、私はハッとなった。魔法少女は確かに重要な役目だと思う。BEMに対抗する手段が他にないし、私たちが魔法少女になって戦わないと多くの人が困る。でも、それは他の職業だって同じなのだ。凶悪な犯罪者を刑事さんが捕まえてくれないとみんなが困る。日本が他の国に攻められたときに自衛隊の人たちが守ってくれないとみんなが困る。魔法少女も、脅威がBEMというだけで、それは同じだった。それなのに無償奉仕を要求されるのは、確かにやりがい搾取みたいなものだ。
「それは正論だワン。でも、魔法少女に手当を出すのは難しいのニャン。……BEMの出現を予測、性質を研究、魔法少女の装備の開発、他にも色々と経費が掛かるんだワン。僕たちも一応は政府組織の一員だけど、組織図にない組織だから予算も多くないし、魔法少女にまで人件費を割けないんだワン」
「それこそ大人の事情でしかないだろう。それとも何かね? 子供相手なら、お前がやらないとみんなが困ると脅して、ただ働きさせてもいいと? 普通に考えればちゃんとした給料を、いや、限られた人間にしか出来ないことも加味すれば相応の給料を出すのが筋というものだと思うが?」
パパの言葉に、ヌコワンが押されている。……というか、魔法少女って政府組織だったんだ。政府のお偉いさんが魔法少女について議論している絵面が頭に浮かんで笑いそうになったけど、空気を読んで何とか堪える。
「そちらの言い分は尤もだニャン。……一度、こちらのほうで上に掛け合ってみるワン。だから、しばらくは無給ということになるけど、そこだけは勘弁して欲しいニャン」
「駄目だ。ただでさえ危険な目に遭わせたくないというのに、それがバイトですらないというのならば、親として認めるわけにはいかない」
……どうしよう、魔法少女になったばかりなのに、もう引退の危機かもしれない。パパの言うことは尤もだし、私のことを一番に思っているからこそだというのがとても分かるだけに、下手に口を挟めない。
「そうはいっても、BEMの脅威に関してはどうにもならないワン。相手は自然現象みたいなもので、こちらの都合なんてお構いなしニャン。それに対して、打てる手があるのに何もしないなんて無理だワン。……そこで、一つ提案があるニャン」
だけど、ヌコワンがこう切り出して来て、風向きが変わった。
「まず、彼女たちの魔法少女活動については、しばらくは職業体験の一環という扱いにするのはどうだワン?」
「職業体験?」
「そうだニャン。学校のカリキュラムでも職業体験は無給で行われるはずだワン。学校のほうにはこちらで手を回して、成績や内申点に加味するようにするニャン」
ヌコワンの主張は、魔法少女としての活動を学校行事のように扱うという話だった。政府の息が掛かってると、そういうことも出来るのか……。
「どの道、授業中にBEMが発生した場合は授業を抜け出す必要があるから一石二鳥だワン。……そして、安全性を確保するためにも、君にも魔法少女活動に参加、という同伴して欲しいニャン」
「私に?」
「パパに?」
そして続いた言葉に、パパと私の台詞が重なる。
「君ならばBEM相手でも身を守るくらいは問題ないし、いざとなれば自力で彼女たちを守ればいいワン。それに、目の届く範囲での活動ならば安心できると思うニャン」
「それは、確かにそうだが……」
「魔法少女として出撃する際は連絡を入れるワン。平日の午後に駆けつけられたくらいだから、時間には余裕があるんじゃないかニャン?」
「確かに、私は専業主夫だから時間に融通は利くが……」
パパは専業主夫だ。私が産まれるときに、ママのほうが収入が多いからという理由でそうしたらしい。今日駆けつけて来れたのも、会社勤めじゃないことが大きいはずだった。
「報酬の件についてはちゃんと上に掛け合うワン。だからしばらくはこれで勘弁して欲しいのニャン。というわけで、僕はこの辺で失礼するワン」
「あ、ちょっと……!」
これで話は纏まったとばかりに、ヌコワンはそのまま家の窓から出て行った。……なんか煙に巻かれたような気がする。
「仕方ないか……最悪、この筋肉で代わりに全部薙ぎ払えばいい」
パパは完全に納得したわけではないみたいだけど、なんか脳筋発言をしながら飲み込んでいた。……っていうかちょっと待って。今後、魔法少女として活動するたびに、パパが一緒に来るってことだよね? 保護者同伴で魔法少女活動をするなんて……いくら何でも恥ずかしすぎでは?
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