6
暴力高校球児。
ちょうど二十年前、結城はそう呼ばれ、世間から激しいバッシングを受けた。いや、結城だけではない、秋葉たち神宮中央高校ナインすべてがそう呼ばれたのだった。
「暴力球児」「ヤクザ高校生」「野蛮人」。
その時のことが脳裏を掠めるように駆けていく。
「やめろ、結城」
いたたまれなくなり、秋葉は結城の言葉を遮った。
「何だ、コラ! 人がせっかくおまえの仕事の手助けをしてやろうとしているのによお。あ? いつまでもキャプテン気取りか? 何、偉そうにしてるんだ、あ? くだらん記事ばかり書いてるくせによお!」
結城の声。やはり泣いているように思えた。
「くだらん記事を書いているのは認める。ただな、おまえ、自分の人生をあんまり卑下して考えるもんじゃないぞ」
言いながら、秋葉は自分への怒声のように感じていた。
「誰が卑下してるんだよ、あ? 俺はおまえなんかと違う成功者なんだよ!」
「……そうか」
秋葉は目を伏せた。人間だから、考え方が違うのは当然だ。だが、寂しさを覚えていた。
「……何だその態度は! おまえも煙いんだよ!」
リサの煙草を取り上げ、乱暴に灰皿で消している。どうやら結城も煙草を吸わないようだ。秋葉は、結城にも学生時代の名残りがあるのだと、少し嬉しくなった。
と、気づけば結城は立ち上がっていた。
「とにかく金出せ、秋葉!」
凄むような目で結城が吐き捨てる。
「ん? 金?」
「取材費だよ。こいつに取材するんだろ? 俺に払えよ取材費を。こいつはウチの店で雇った女なんだよ。俺に払えよ、俺に!」
秋葉はリサに目を移した。リサは目を伏せている。秋葉は財布を取り出すと、一万円札を三枚、結城に渡した。結城はそれをひったくるようにし、
「これっぽっちかよ」
と吐き捨てるや、店を出ていこうとした。
「おい、結城!」
「あ?」
足は止めたが、背中を向けたまま結城が応える。
「森田が死んだぞ」
「……」
どうやら知らなかったようで、結城の肩が一瞬ピクリと動き、そして固まった。しばらくそのまま佇んでいたが、やがて振り向くと怒鳴るように言った。
「それがどうした? 森田が死んだのも俺のせいだと言いたいのか? ああ?」
「……誰もそんなこと……」
結城が物凄い形相で向かってきた。咄嗟に立ち上がった秋葉はいきなり殴りかかってきた結城のパンチを頬で受けた。思ったより軽いパンチだったが、ダウンするように椅子にへたり込んでいた。軽いパンチでも腰が折れるとは俺も弱ったもんだと思いながらも、秋葉はすぐに立ち上がった。
「……どうしたんだ、結城?」
「ど、どうしただと? おまえいつからそんなに腑抜けになっちまったんだ? あ? 殴り返してこいよ。昔、試合で俺がデッドボールに怒ってピッチャーに向かっていこうとした時、力づくでそれを止めたじゃねえか! ベンチ裏で殴って目を覚まさせてくれたじゃねえか! ええ?」
甲高い叫び声。泣き喚いているようだった。
秋葉はまさに結城の言うとおりだと思った。俺は腑抜けになってしまった、そう実感していた。それが証拠に、目の前の元チームメイトに殴り返すことすらできず、それどころか足も少し震えていた。あの夏以来、俺はどうやら全てに対して自信や誇りをなくしているようだ、秋葉はうなだれながらそう悟っていた。
秋葉が黙っていると結城は呆れたような顔で踵を返し、店を出ていった。リサも黙って立ち上がり、店を出ていく。秋葉は追う気にも、呼び止める気にもなれなかった。胃の中には相変わらずシコリのような重みが鎮座していた。
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