とある女神の一日 ~転生課女神の憂鬱~

緑暖簾

とある女神の一日


「トラック使用禁止令が出ました」


「は?」


 ミデルセアは女神だ。


 四年ほど前から異世界転生課で働いている、事故とドジっ子を司る神である。課の中では特に転生者を自然な感じに世間から消す段取りを考える(死因を決めるともいう)ことを行っている。

 そんな古参(異動が無駄に多いので四年もいると古参扱いである)のミデルセアだが、トラック禁止の通達には耳を疑った。


 ……異世界転生といったらトラック、トラックといったら異世界転生というのは周知の事実。 我が課もトラックを愛用している。もはやうちの課はトラックなしではやっていけない体質になっているのだ。


 そう、そのトラックがこの度、使用禁止になったと、そういったように聞こえたが。


 嘘でしょ。嘘だね。嫌だなあ、こんなつまらない冗談ってないですよ。トラックがなかったらどうやって殺せばいいんだ。


「……マジですか?」


「マジです」


「え?いやいやいやいや、本気ですか?異世界転生を効率よく行うにはトラックが一番だって、上層部も知ってますよね」


「……トラック運転手とのら猫を司る神から苦情が来ていたようで」


「いままでは苦情が来ても黙殺してましたよね」


 多少の犠牲は仕方がないと苦情がきてもうやむやにしていたの、知ってますよ。


「なんだかんだ言って上もわかっていましたからね、異世界転生手続きの煩雑さを」


「では、なぜ、今、急に」


「トラック運転手が減少しているようなのです」


「……え?」


「トラック運転手が減少しているようなのです」


「いや、それはわかりましたけど」


「いいですか、近年やたらとトラックが交通事故を起こすので、運転手業は人気が――いままでもほとんどなかった人気が、さらに減ってしまったのです。これがまずいことだとはわかりますよね」


 ……理屈はわかる。

 人気という概念は神にとって、とても重要である。神様は人気商売だからだ。

 職業といった概念を司る神なんかは、その職業の人気や知名度、職業人口などに力や神格が左右されてしまう。


 それはわかる。わかるけど――


「でも彼女、のら猫も司っているのでしょう?力は十分あるのでは?」


「のら猫は昭和以来ずっと減少し続けているのです。上も神がこれ以上弱るのは看過できないとのことで、しばらくトラックなしで仕事してください」


 スゥ――――。女神は目をつぶってゆっくり深呼吸をした。そうでもしないとやりきれなかったからだ。なんだよ、のら猫とか需要ありまくりでしょ。こっちはもはや絶滅危惧種のドジっ子を司ってんだぞ。


「……わかりました。トラックはしばらく使いません。その代わりに修学旅行バスの使用回数を増やします」


 断腸の思いで告げる。


 修学旅行のバスを増やすとか、本当は嫌だ。


 まず、集団転生というのがキツい。たくさんの人を転生させるのにも関わらず、一か所にしか送れない。人数転生させればいいというものではないのだ。


 我が課には転生者をより多くの世界に供給する必要がある。


 それが、いわゆるクラス転移――転移しているように見えるが一度殺してからなので転生である――では『一緒のタイミング、場所で死んだのに転生先が違うのはいらぬ混乱を招く』とかいう理由でバラ売りが別々に転生できないのだ。同じ理由で一部だけ転生させるのも禁止。


 これだから自分が汗水たらして働かないやつらはだめなんですよ。現場の苦しみを味わえ。


 ……まあ、なんにせよ、登録とか審査とかもろもろの作業がバカみたいな量になってしまうのだけれど、そこにさえ目をつぶれば、トラックの次くらいに効率的な手段なのは事実。

 人数ノルマは簡単に達成できるし。


「あっ修学旅行バスも禁止令が出てます。こっちは単純に少子化対策です」


「殺す気なんですか?????」


 このあと、通り魔さんの使用禁止も通告された。治安が悪化するからだって。

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