左回りの懐中時計

第1話

 仕事のない日もジュリー・ブラッドリーに休みはない。ブラッドリー家の召使として家事に従事していた。今はイギリスにある巨大な屋敷の厨房で、同僚のメイドモモセヒカリと共に夕食の用意を進めているところである。




「煮物の用意は終わりました。あと魚の仕込みも。」




「ありがとう。ならあと刺身包丁とか研いでおいてほしかね。お造りは恥ずかしかもん出しぇんけんね。」




「承知いたしました。…っていうかこれ超本格的な日本の懐石料理なんですけど…。いつ解禁されたんですか?確か、ホームシックになるからこっちでは極力和食は出さないことになってましたよね?」




「今日はエリザベート様のお友達が来るそうばい。日本のうまかもん出しちゃりたかとって。んー、こんくらいん出汁でよかね。」




 モモセは椀のスープの味を確かめつつ、ジュリーに答えた。その言葉を聞いてジュリーの顔は少し陰った。




「…全く聞いてないですね。わー嫌な予感がしてきたぞ。」




 長年の経験から碌な目に遭わない予感をひしひしと感じていた。





 ジュリーはエリザベートの友人が着くと連絡があったので屋敷の玄関に控えた。もう一人の屋敷のメイド、ジューンが運転する車が到着し、扉が開く。




「ようこそおいでくださいました。レア・エヴァンズ様。」




 ジュリーは彼女に頭を下げる。ちなみに名前を聞いたのは五分前である。白みがかった金髪のレアはジュリーを興味深そうに数瞬眺めると、彼に両手で指さした。




「おお!君があの有名なジョニー君だね!」




「ジュリーです。」




「ははは!/(^o^)\ナンテコッタイ!」




 なんだこいつという気持ちを隠し、ジュリーは扉を開ける。




「ディナーの用意ができておりますので、どうぞこちらへ。」




「あーららたんぱくなのねー。」




「人見知りなのよ。いつもあんなだから友達の一人もいない残念な男、存分に嘲笑してちょうだい。」




 ジューンはそう言いながら、レアと肩を組んだ。短めの白髪と、だらしなく着たメイド服がトレードマーク。ジュリーはその行動に少し顔をしかめた。




「ジューンさんお客様に失礼ですよ。」




「はっ!私の社交能力を甘く見るんじゃないわよこの駄犬。あなたと違って私なら初めて会った女の子と数十分で親密なお友達になれるのよ。ねえレア。」




「そうねジェーン!」




「ジューンよ。」




 二人でグッと親指を立てあう。まあエリザベートの友人ならいいかとジュリーはあまり追求せずに二人を屋敷に招き入れた。




 玄関にはすでにエリザベートが待機していた。レアが入ってくると満面の笑みを浮かべる。




「久しぶりだなレア!会えてうれしいぞ!」




「やあリズ!私もうれしいわ!」




 エリザベート・ゼクス・ブラッドリーこの屋敷の主だ。リズというのはニックネームである。それにしても…。




「三回もおんなじネタはやらないわ。だってつまらなくなるもの。」




「ナチュラルに心を読むのはやめてほしいです。」




 その対話を聞いてジューンは笑った。




「ぷっ、貴方って本当に単細胞よね。わかりやすすぎるのよ。」




「せめて素直といっていただきたい。」




 少し納得のいかないジュリーだった。




「さあレア、今日はうちのメイドが存分に腕を振るったディナーだ。積もる話もあるがまずは楽しんでほしい。こっちだついて来い。」




「あらあら、強引ねーリズ。でも嫌いじゃないわ。」




 レアの手を引き案内するエリザベート。その貴族らしからぬ立ち振る舞いは公であれば困ったものかもしれないが、ゆえにレアという女性がエリザベートにとって大切な友人であることを示していた。ジュリーとジューンは何も言わず二人の後ろについていった。

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