第7話
すべてが終わった後、エリザベートはセシリアを地上に降ろした。
「ジュリー、水を汲んで来い。滝の流れる川の水だ。」
「承知しました。」
ジュリーが汲んできた水を手ですくい、エリザベートはセシリアの口へと運んだ。
「ジュリー。短剣を作ってくれ。」
「はい。」
ジュリーは青く輝く短剣を創り出しエリザベートに渡す。すると短剣の光は紫電をまとい、エリザベートはそれをやさしくセシリアの心臓へ突き刺した。
「あ…ああ…。」
そしてセシリアの体は光に散った。
「で、捕まった後に抜け出してセシリア様に関する文献などは回収しました。すべてかはわかりませんがね。一番知識のありそうな村長も拘束してありますが、話を聞かれますか?」
「いや、いい。記憶処理を済ませたら帰るぞ。」
「わかりました。」
ことが終わると、村には雪が降っていた。帰りの船に乗り込むとエリザベートは今回の任務について教えてくれた。ジュリーはコーヒーを淹れながら話を聞いた。
「今回の任務は人間たちに拘束され利用されている真祖を解放することだ。サリム兄さまからの依頼だな。彼女の名はセシリア・ドライ・ブラッドリー。私の母様のいとこ、私たちの叔母のようなものだ。」
「主様は採血の時に自らは指に細工をしてただの人間と思わせ、俺をおとりにしている間にセシリア様を探していたわけですか。また回りくどいことを。」
「そのおかげで大ごとにはならなかったわけだ。セシリアについて知る者の大半はお前に釘付けだったからな。」
「うわー気持ち悪い。まだ文献を見ていないのでわかりませんが、どうやって人間がセシリア様を拘束で来たんでしょうかね?神器でも使わなきゃ無理な気がするんですけど、そんなものはないみたいでした。あ、これはモカ・シダモです。どうぞ。」
「ああ。…それはわかった。セシリア叔母さまに出会ったとき、頭の中に記憶のようなものが流れ込んできたんだ。」
「はあ、真祖同士の共感覚ってことですかね?」
「知ってほしかったのかもしれんな。」
ジュリーは淹れたコーヒーをすする。
「熱っ。」
「セシリア叔母さまは万物を癒す力を持っていた。正確に言えば自らが正しいと思うように生物も環境すらも変えてしまう力を持っていたのだ。」
「さすが真祖。チート級の能力ですね。」
「ゆえに彼女はこの世のすべてを癒すことこそ自らの使命だと考えた。飢饉、災害、疫病、人類ではどうしようもない天災であったとしても彼女はその体を犠牲にして人々を、世界を癒し続けた。」
「だから、目も指も…なかったわけですか。」
「そうだ。そしてその姿は修復できず、人々からはその姿ゆえに遠ざけられ恐れられた。」
「わかる気はしますけど、不憫ですね。」
「そして最後にたどり着いたのがあの村、リラルカ村だったわけだ。体中を蝕まれ満足に歩けなかった彼女を村人は助け、看病した。何十年ぶりの人のやさしさに触れ、セシリア叔母さまは残りの命をその村のために使おうと決めたらしい。凍土を緑に変え、乾いた大地を潤し、濁った水を浄化した。疫病も飢饉もない豊かな場所に変え続けたのだ。」
「ミイラのようになっても村人に道具のようにしか思われることが無くなっても、あの汚い牢屋につながれても、数百年間…ですか。」
「そうだ。だが、彼女は幸せだったらしい。ずっと苦しかったけれど、最後の最後まであの村の助けになれて、最期にあの川の水が飲めて、幸せだと…そう言っていた。」
「…そうですか。理解には苦しみますが、納得しました。」
エリザベートはコーヒーを一口飲むと、一呼吸おいて大きく息を吸った。窓の外は真っ暗でひどく雨が降っているようだった。
「私たちは吸血鬼だ。強大な力を持ち、人間よりもはるかに長寿。だから、人と同じような方法では幸せにはならないのかもしれないな。」
自嘲気味に笑うエリザベートの顔を見ながら少し冷めたコーヒーを飲むと、ジュリーは言った。
「主様。俺はどちらかといえば無趣味な奴です。絵も歌もやりますがその時の気分次第、飽きっぽい性格なのかもしれません。」
「それがどうかしたか?」
「けれどこの二十年ほどの人生の中で、父親に飽きたことはありません。もちろん母親にも。飽きたから新しいものが欲しいなんて思ったこともない。おいしいものを食べることに飽きたことはない、きれいなものを見ることに飽きたことはない。忘れっぽいからかもしれませんがね。」
「だからそれがどうしたというのだ?」
「つまり別に長寿だからって特殊な幸せでなければならないなんてことはないでしょう。セシリア様は苦しみながらも自分だけの幸福を見出した。それも一つの答えなのでしょうね。でも、だからって俺たちもそうでなければならないってことはないはずだ。寿命が長い分、苦しむ時間も多いけれど、幸せな時間も多い、それだけの話です。長生きすれば今の幸せに飽きるなんて俺はないと思いますよ。」
「そうだろうか?」
「まあ今は難しく考えなくていいではありませんか。話によると、寿命の長さは真祖と眷属は変わらないくらいだそうですし、同じ吸血鬼なら兄さんたちもいます。その上俺達にはジューンさんもモモセさんもいるではないですか。孤独ではないのですから、焦る必要なんてないでしょう?」
「…そうかもな。生きていれば腹も減るし、眠くもなる。欲というものは際限がないからな。」
「はい。愛を地獄に変えてしまうほどには際限がないですよ。」
「だが、ゆえに私たちは幸福を手に入れることができるわけだ。こうして人のぬくもりを幸せに感じられるのも、欲があればこそ。私たちが考えるべきは、何が欲になるかではなく、欲をどう扱うかだな。」
「はい。そうかもしれませんね。」
疲れからかカフェインを摂取したというのにジュリーはコクリコクリと眠たくなってきた。いつもなら眠らないところであるのに、エリザベートが抱き寄せてくるものでその温かさがジュリーを深い眠りに誘った。ジュリーにはセシリアの幸せなど理解できようはずもない。なぜなら彼の一番の幸せの一つは、この暖かな眠りなのだから。船は暗雲を抜けまた走る。彼らの生きる人生がごとく、揺らり揺られまっすぐと。
🈡
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