⑤ ごめんなさいを言いに
次の日。
俺は学校へ行くかどうかを迷っていた。
もちろん、昨日からの一件が影響している。
学校へ行くと、木下翔子に遭遇してしまうだろう。今日、彼女にどういう顔で会えばいいのかが分からない。
彼女、いや彼も登校してこない可能性ももちろんある。しかしその可能性に駆けて学校へ行くよりは、100%遭遇する事のない安全圏に引きこもっていた方が良いに決まっている。
・・・・・・あの後、きちんと処理できただろうか?
曲がり間違って、周囲の人間に危害など加えていないだろうか?
あの勢いはもう犯罪と言っても過言ではなかったので、かなり心配だ。
それに、まだ生理痛が続いている。簡単に調べてみたが、出血は平均で5日程度続くらしい。
女の子はこれが月1ペースで襲来するのかと思うと、気が重くなる。本当に。
どうやって乗り切ればいいか、母に相談するのが一番なのだろうけど、どうもそれは気が進まない。どう説明していいか解らない。
俺は、木下に聞くのが一番なのではないかと思っている。
突然性別と環境が入れ替わるという、在り得ないような同じ境遇を持つ彼女であれば、お互いの助けになると思う。
・・・・・・男の処理の仕方だって、お望みとあれば教えてやれなくもない。
色々思うところはあるが、何をするにしてもまずは動かなければ始まらないわけだ。
だというのにもかかわらず、俺は布団に包まりスマホでアニメを観ていた。
「・・・・・・これは何回観てもいいなぁ」
最近お気に入りのラブコメアニメは、相も変わらず楽しい時間を届けてくれている。
「唯~、調子はどう?」
いつも通りノックもせず、母が部屋に入ってくる。
「あらまだお布団に包まって、学校はどうする? それとも病院?」
いつもより、気持ち穏やかなペースで話しながらベッドのそばまで来て、しゃがんで顔を覗き込んでくる。
「まだ考えてる」
俺はスマホの画面を見たまま、口を半開きにさせて答えた。
「まぁ、」
ため息が混じったような声が漏れる。呆れているのか、心配しているのか、それとも両方か。
「行くなら支度しなさいねご飯食べる時間無くなるわよ」
「わかったー」
適当な返事をすると、母は肩をすくめて部屋から出て行った。
横目でそれを確認すると、ちょうどEDが流れるスマホを置いて、布団を押しのけ伸びをする。
お腹が締め付けられるように痛かった。
とりあえず布団に支配された状況を脱した。第一歩だ。
空気の入れ替えでもしようと、ベッドのそばのカーテンを開けて窓を開ける。
4月のひんやりとした優しい風が吹き込んできた。
お腹をさすりながら、外に向かって深呼吸を繰り返す。
今から学校に行くには、すぐに支度を開始しなければ間に合わないだろう。
最寄り駅の時刻表を思い出していると、ふと視界の端にうつった人影、眼下の道路上に目が行った。
その人は、歩道上でスマホを見ながらキョロキョロ、数メートル動いては元の位置に戻るといった、不審な行動を繰り返している。
案の定、黄色帽子を被った小学生や、通勤途中のサラリーマンに不審な目を向けられている。
5階からでもわかる、うちの学校の男子の制服。それはどうやら、認めたくはないが俺の見知った人物で。
不意に立ち止まった彼女は、迷いなく俺の方をスッと見やる。必然的に、目と目が合った。
「!?」
路上で、驚いたように飛び上がる木下翔悟。いや、翔子さん。
・・・・・・すぐそばを通ろうとしたJKがつられたように驚き、足を止めて後退っていた。
急に部屋から飛び出してきた俺に対して小言や心配をかける母を適当に受け流し、慣れない着替えを急ぎ、牛乳とパンだけ流し込むと飛び出すように家を出た。
まっすぐ、不審人物の元へ向かう。
木下は逃げることもなく、覚悟を決めたようにそこにいた。
「おい不審者」
「なっ!?」
俺の不意の一言に驚きを隠せない木下。
「ふ、不審者だなんて!」
「朝から路地でうろうろして、不審者以外になんていったら良いんだ?」
ギロリと睨むと、モジモジと目を背けながらぼそりとつぶやいた。
「わたしはただ、謝りたくて・・・・・・」
しおらしく俯く姿をみると、肩の力が抜けた。
「はぁ、昨日からずっと気にしてたのか」
「そうです・・・・・・」
「びっくりしたけど、事情は分かるし気にせんでいい」
「でも!」
閑静な住宅街に響くほど叫ぶ木下。しかしすぐに恥ずかしそうに小さくなる。
内面は全く違うが、表面上は男子が女子を襲おうとしたわけだ。母にも見られているし、通報や拒絶をされてもおかしくはない。それなのに、ここまで来た。来てくれた。
「・・・・・・あなたの連絡先も知らないし、あんな事をした手前、学校に来てくれるかも微妙だと思って、直接会った方が、良いのかなって・・・・・・ごめんなさい」
深々と頭を下げられる。
俺なんて布団に引き籠ろうとしていたのに、翔子さんは勇気を出し誠意を店に来たのだ。俺も答えないといけない。
「・・・・・・確かに学校へ行きづらいとは思ったよ」
翔子さんの体がびくりと反応する。
「でもそれは俺に勇気が無かったからで、翔子さんが気にすることじゃない。わざわざ2日連続で、家まで会いに来てくれた事は本当にすごいと思うよ」
「わたしは、欲に負けてとんでも無い事を・・・・・・」
「でも実際に事は起こらなかった」
その言葉に、翔子さんはようやく頭を上げた。
俺は腕を組んでにこりと笑みを返す。
「昨日は何も無かった。ただプリントを届けてくれた。それだけの日だよ」
「本当に? 本当にそれでいいの?」
「こんな異常事態なのに、解決するために模索してたんだろ? 俺は全くできなかったから尊敬する」
真っすぐ俺を見つめる目は、少しずつ水気を帯びてきていた。
「むしろ申し訳なかったとすら思う。これからは二人で、元に戻る方法を考えようよ」
こらえきれなかったのか、翔子さんは目を擦りながらつぶやいた。
「・・・・・・ありがとう」
どうも、こういう雰囲気は苦手だ。
「そうだ、連絡先を交換しておかないとだよな?」
照れくさいのをごまかすように、そう提案する。
「あ、はい。実は昨日もそれが聞きたかったんです」
俺たちは端末を差し出しあって、QRコードで連絡先を交換した。
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