34 存在としての価値
「流石に腹一杯になってきたな……」
「お前は本当に良く食べる奴だな、某はすでに胃がはち切れそうだ」
「だよなー、俺本当に燃費が悪いんだよ。満腹になったことなんて、今まで一度もないぞ」
屋台の後にインドカレー屋さん、クレープ屋さんを梯子して次が最後と言うところで伊達さんは自分のお腹を撫でている。
……筋肉があるとぽっこりしないのか??全然真っ平らなんだが。
散々食ってるから食費は結構な額になっているはずだが、伊達さんはどこに行っても「まだ食えそうだな」と次々追加してくれる。しかも満面の笑みで。
「流石に奢らせっぱなしは悪いから次は俺が出すよ」
「そう言うわけには行かぬ。誘った側がよく食う姿を見ていたいのだから、何も気にせずただ食べればいい。仕事にも役立つだろう?」
「確かにめちゃくちゃ役には立つし、伊達さんのメニューを何にしようかプランが固まってきてはいるけどさ。
本を見ただけじゃ再現に足りないものがあるって分かったし……」
「ほぉ、それは何だ?」
彼の目線は緩やかに道の行き先を見つめている。柔らかい表情だけれど戦い抜いてきた歴戦の武士は目つきが鋭いんだ。
観察眼にも優れているらしく、喉が渇いたら飲み物をくれる、調味料が欲しければ取ってくれる、口に何かついていれば拭いてくれる……なんて丁寧なお世話をされてしまった。気遣いが凄すぎる。
女の子なら陥落してるだろうな、こりゃ。
「レシピって、俺は計測しながら作る人じゃないから完璧に再現してはないんだけどさ。材料を見て自分の好きな味付けにしちまうから」
「料理ができる者は皆そうらしいな。研究家でもない限り」
「そうなのかね?でも、どんなにおいしくできても今日食べたものには叶わないよ。
本国で食べてないからわからんが、雰囲気も重要なスパイスだと思う」
「ほう……」
路地裏でお店の行列に並んでいる時のワクワクした気持ち、屋台で周りの人が賑やかに食事を楽しんでいる様子、風に流れるスパイスの香り、店員さんの間で交わされる異国の言葉。
それらが全て合わさって味を作るんだ。食事は五感で楽しむものだと知ってはいたがこんなに違うと思っても見なかった。
「伊達さんのおかげで色んなことに気づけたよ。店の内装ももう少しどうにかしようかなと思ってる」
「お前の店は、あの雰囲気が作るものであるだろう?変える必要などない。
古ぼけた木の壁や、時代遅れのテレビ、使い込まれた椅子や机が醸す優しい空気がとてもよい」
「そう?そうか……」
「あぁ、あれはむしろ変えるべきではない。戻るべき場所として自分の家があっても、あそこにまた行きたくなる。
お前の声、笑顔と店の雰囲気はどれも欠かせぬ」
「俺の料理はまだ食べてないもんな、伊達さんは」
「そうだな、だが……佑の好物が食えて幸せだった」
「んーんー……うーん。そろそろ聞いていいか。俺、なんでそんなに伊達さんに好かれてるんだ?会ったの初めてだよな?今まで奢らせておいてなんだが、一体なんでそんなふうに言ってくれるんだ?」
よくぞ聞いてくれた!とでも言わんばかりの笑顔が返ってきて、これは罠だったと気づいた。商店街の人通りが少ない場所、街灯の灯りの下で両手を握られて熱い眼差しに射抜かれる。
………………しくじったぞ。格好の機会を与えてしまった。
「佑を初めて見たのは裁判所だ。あれは地獄でも過去最高額の借金であり、しかも被告自身が何の罪もないという……前代未聞の裁だった」
「え、そうなの?俺って過去最高額の借金額か?」
「そうとも。あれに憤り、再度判決を下せと言う嘆願書が書かれて再度行われることになったが……佑はそれを退けた」
「ああー、まぁ、うん、そだね。もう一度やってもなぁ、ってめんどくさかったし」
「そうではない。どうしてそう誤魔化す?佑が自ら判決に納得し、永きの地獄生活を受け入れたため嘆願書は返された。
某は感動したのだ。それが、諦観ではなく『自らを奮い立たせるためだ』と聞いて、鳥肌が立った。こんなにも潔く、漢らしく、そして懐の深い御仁がいまの世にいるのだと!!」
「……お、おう」
頬を赤く染めて、キラキラした目で見つめてくる伊達さんは目尻に涙の雫を溜めている。
そんなたいそうな覚悟じゃなかったけどな。一度決められたものを覆すなんて面倒だし、働いていればいつか返せる。
再審できるって言われたのも食堂でじいちゃんに拾われた後だったし、生活が始まっていたから裁判なんかやってられないってのもあった。
でも、それだけじゃない。
「頑張ろうって、決めるしかなかったんだよ。伊達さんが思うほど男前な考えじゃなかった。
二度目の判決で全く同じ結果を受けるのが怖かった。今までやってきたことは全部無駄だって言われるのが嫌だったんだ」
「否だ。お前の志はそんなものではない。……例えそうだとしても、佑が受け入れた事実が我らを勇気づけた。
ただ、呆けて過ごしていた地獄の住人に喝を与えた。食堂で働く姿を見に行く人は、必ず勇気づけられる」
「……ただひたすら飯作ってるだけだぞ?」
「だからだ」
ぎゅうぎゅうに握られた手のひらが熱い。伊達さんの熱が伝わって、火傷してしまいそうだ。
「ひたむきに生きるその姿が人の心を打つ。佑の生き様は枯れた心を蘇らせる。真面目で、正直で優しい姿に癒されるのだ」
「…………」
「佑が来る前の地獄はそうではなかった。借金取りに追われ、犯罪を重ねては成仏の期限が延びて自堕落な人間が多かった。それが、今年はすでに去年の成仏者の数を超えているのだぞ。
何の罪もない佑が地獄に来て、大きく影響をもたらした」
「それは……ううん……そ、そうなのかなぁ」
そうだとも、と言われたら彼は無邪気な笑顔を浮かべた。それは嘘のない、真っ直ぐな想いをのせている。
くすぐったいような気持ちになって、思わず目線を逸らすけど……手を離してくれないから逃げられない。
「悔しく思う夜もあっただろうに、前を向く佑がいてくれた。それを見て某もまた、希望を持ってみようと思ったのだ。だからこそ我が手にと望んだ」
「……その、ごめん。そう言うのには応えられないよ」
「わかっている。某の念願が叶わずとも良い。お前の志に胸打たれた者がいると知ってくれるだけで満たされる。
佑に出会えたことが、幸せなのだと伝えたかった」
胸の奥が小さな痛みを生んで、そこから色んなものが浮かんでくる。
なんだよ。そんな一生懸命に言ってくれるなんて、想像もしていなかった。
それなりに抱えていたいろんな蟠りが解けて、あたたかいもので身のうちが満たされていく。
――俺、ちゃんと役に立ててるのか?ここに来て、意味があったのか。
「だが、伊達政宗は諦めない。隙あらばこうして仲を深めたい。またでえとに誘っても良いだろう?」
「…………それって成仏しないって言ってるのと同じじゃんか」
「ふ、どちらにしても某の成仏期限は先だ。それまでに勝負をつけよう」
成仏を目指して仕事をするはずだったんだが、なんだか妙なことになっちまったな。
でも、うん……伊達さんにそう言ってもらえたことで俺はきっとこの先もやっていける。頑張ろうと思える。
「はぁ……まぁ、いいか。仕方ない。頼りにしてもらってるなら、ちゃんと仕事で返すよ。今日はありがとう……すごく、嬉しかった」
小さく呟いたお礼の言葉は伊達さんの耳までを赤く染めて行く。あっ、でも釘刺しとこ。
「俺は男と付き合うのは無理だからな」
「まぁ、そうだろうな。想い人がいるのだし」
「え?」
「環を好いているのだろう?」
「だ、だからそれは違うって言っただろ!?」
「全く朴念仁め……佑にはその辺りもきちんと教えてやろう。時間はまだある。次は酒場にゆくぞ」
「うぇ……ハイ」
釘を刺したつもりが差し返されて、俺は仕方なく次のでえとへと向かうしかなくなった。
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