第51話 マオと魔王 ②
『おい』
誰かに呼ばれている。
でも眠くて、起きたくない。
『起きろ』
誰? 眠い……。起こさないで欲しい。
『起きなければ、ケルベロスの子は勇者に倒されるぞ。それでもいいのか?』
「えっ!?」
それはダメだ! 僕は慌てて飛び起きた。
「なに? ここは……?」
周りが真っ黒だ。上半身だけ起こして座っている状態の、自分の周りだけが薄ぼんやり光っていた。
『やっと起きたか』
「ひっ……!」
うしろから声がして振り返ると、そっくりな自分が立っていた。いや……。人相は僕より、きつめの顔をしている。というか、怖い顔だ。
「き、君は……」
体の向きを変えて、立ち上がった。……なんだか体が軽い。
『俺は、魔王。
魔王と名乗った、そっくりな僕は表情を変えずに言った。
『まだ思い出せないのか。……ん? ああ、自分に封印魔法をかけているようだな。無意識の自己防衛か』
魔王は、くっ! と笑った。凶悪な笑い顔だ。自分の顔だけど、自分ではない。不思議な気分で見ていた。
「ケルベロスは!? 皆、どうなった!?」
ふと思い出してケルベロスや皆のことが心配になった。目の前にいる魔王へ聞いた。
『自分の姿をまず、見てみろ』
「は……?」
なんで? と思ったけれど、自分の姿……手のひらを見てみた。手のひらには赤いものがべったりとついていた。
「なにこれ……、血? え、うわ!」
手のひらから下の方へ視線を下ろしていくと、体の所々が血だらけだった。
「そうだった……! 僕はケルベロスに? え、もしかして。……死んだ?」
体をひねって、ふくらはぎの辺りを見た。小さな傷はあったけど大きな傷はなかった。
『死んではいない……。今、魂は体から離れているが』
「それって、死んでるって言うよね!?」
思わず僕は魔王に突っ込んでしまった。ハッと気が付いて、魔王から目をそらした。
「それで、ここはどこなの?」
首を左右に動かして、どこを見ても真っ暗だ。魔王は腕組みをして、ふん……! と言って横を向いた。
『ここは俺が作った亜空間だ』
「なにそれ?」
魔王はムッとしたが、なんで僕がここにいるか知りたかったし、ケルベロスや皆が心配だった。
『今、体へ戻れば全身激痛におそわれるだろう。ミレーヌが回復魔法をかけているから少し待て』
「全身激痛? やっぱり死にかけているじゃないか……」
僕はブツブツと文句を言った。
『……呑気だな。まだ記憶が戻らないか?』
さっきから魔王は、僕の記憶が戻ることを気にしている。――封印魔法と無意識の自己防衛?
そんなものを自分はやった覚えが……。
「痛っ!」
また頭痛が! ズキズキ……ガンガン! とひどくなっていく……! 両手で頭を抱えてうづくまった。
『……解除』
「ああああああああ――!」
頭の中に知らない記憶が次々と、本のページをめくるように流れてきた。
「一回目の……転生で、僕は攫われて辺境の村ダンジョン地下へ連れてこられた……? そこは盗賊の住処で、攫われてきた人々はひどい扱いをされていた。僕はたびたび暴力を受けて、
だんだん記憶を思い出してきた。あふれる記憶。恐ろしいけれど、思い出さなくてはいけない、なにかがある。
「逃げ出した僕は、辺境の村リールにたどり着いて村の人に保護された。――ここから、思い出したくないけど。思い出さなきゃ……」
ズキズキとした頭痛はまだ続いている。魔王は淡々と僕の話を聞いている。
「……ああ。リール村で、いじめられていたんだっけ。その時は、ルルンやジーンもいなかったし助けもなかったんだ」
滅ぼした地下の盗賊の町。そして……、いじめがひどくなって暴力を受けて。いじめっ子ごとリール村まで
「そう、だ。僕はその時、魔王になった」
正確には体を乗っ取られた。僕なのに僕じゃなくなった。
『やっと思い出したか』
魔王はニヤリと笑った。不気味で僕は、ブルりと震えた。
「……また、体を乗っ取るの?」
今度も乗っ取られたら、どうなるかわからない。魔王を睨んで僕は
『待て。最後の記憶は思い出してないのか?』
魔王は僕に探るように言った。最後の記憶……?
リール村で僕は体を乗っ取られて、魔王になった。その後は……。
『ルルンとジーンを見て、何か思い出さないか?』
なんでこんな時に、ルルンとジーンの名を出すのだろう。一回目の時はルルンとジーンとは会ってない……はず。
いや、会っていた。ルルンは勇者として。
ジーンはルルンを支える騎士として。――
そうだ。なぜ忘れていた? 幼馴染として二回目の転生時に会ったのに。子供だったから? 敵対する魔王と勇者が幼馴染で一緒に育ったなんて……!
震えがとまらない。僕はまた倒されるのだろうか? 今度は幼馴染のルルンとジーンに……!
『ちゃんと思い出してこい。……体の治療が終わったようだ。もう二度と体に傷をつけるな』
魔王はそう言って、後ろを向いて歩き出した。
「あっ! 待って、魔王!」
僕は引き留めたけれど、魔王の体の輪郭が徐々に薄くなって消えていった。
「うわっ!」
暗い亜空間がグラリと揺れて、底がふっと消えた。
「え……、うわああああ!」
僕は足元から落ちていった。
「マオ様! マオ様!」
ミレーヌとサウスさん、その他の人の呼びかけが聞こえた。僕は重たいまぶたを開けた。
「ミレーヌとサウスさん……。ケルベロスは?」
どのくらい気を失ってたのだろう? 僕はケルベロスの姿を探した。
「ガウウ!」
「うわっ!」
ケルベロスは心配そうに僕を上から覗き込んでいた。びっくりした。
「魔王様の作った薬丸のおかげで、ケルベロスは正気を取り戻しましたわ!」
ミレーヌは涙を拭って、ケルベロスの無事を教えてくれた。
「そうか……。良かった」
よいしょ……と僕は体を起こした。
「あっ! 魔王様、まだ動かないでください! 回復魔法をかけましたが、まだ完ぺきに治ってません。全治約一週間です」
ミレーヌは回復魔法をかけてくれていた。だから僕は戻って来られた。そう実感した。
「そこまで勇者のルルンと騎士のジーンが、来てる。僕はルルンと話をするからミレーヌは下がって。サウスさんはケルベロスを操っていた男を連れてきて」
「は、はい!」
「承知しました」
ふらふらするけど、頑張って立ち上がった。そしてケルベロスに話しかけた。
「ケルガ、ベロン、スーグ!」
「ガウ!」
いい返事だ。もう操られてないし薬の影響はなさそうだ。
「ケルベロスのお母さんが心配して待っているよ。早く寝床へお帰り。あとは大丈夫だから」
ケルベロスの頭を順番に撫でてあげた。ぐるるる……と喉を鳴らして喜んでいた。
「さ、行って」
「ガウウ!」
一度振り返ったけれど、林の中へ走っていった。この町の、どこかにあるダンジョンから魔界へ帰れるだろう。
ケルベロス達を見送った後、町の自警団の人達やお城の騎士団が大勢やってきた。ケルベロスがいなくなったので、残っている僕に事情を聴きにきた。
「マオ!? どうしてここへ!?」
騎士団の先頭にいたのはルルンとジーン。すっかり王都の騎士団に馴染んでいるようだ。
「ケルベロスが暴れていると聞いて。ここへ来た」
到着した皆は、有名でもない冒険者の僕がなぜ? というような顔をしていた。
「マオが強くなったのはわかる。でもケルベロスのような第一級の強さの魔物を、どうやって? 退治したとしてもケルベロスの姿がないし、林の中へ消えていったという証言がある」
ルルンは僕に早口で言ってきた。勇者として、町の人の安全を脅かす魔物は見過ごせないだろう。
「ケルベロスは自ら、帰っていったよ」
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