第14話 鍛治士入門
「・・・とまあ、そんな感じだったんだよ。っと・・・よし、完成」
俺は、手元の作業が終わったのを確認して、ヤットコで掴んだ真っ赤な直方体を水を張った水槽に放り込んだ。
ジュワっと音を立てて、水槽から湯気が上がると、放り込んだ直方体は光の粒子に変わって、俺の手元で一枚のカードへ姿を変えた。
【鉄のインゴット】
種別;マテリアル/素材
効果;鉄を精製して作られたインゴット。
ふむ。問題なし。
だいぶ、安定して作れるようになって来た。
昼間に集めた鉄鉱石や錆びた剣や短剣を溶かして作る鉄のインゴットである。
最初の頃は、上手く作れずに【鉄のインゴット(粗悪品)】ってなったり、最悪、作成失敗で消滅していたが、数をこなして、ようやく安定してきた感じだ。
やはり、思い切って組合に入って正解だった。俺は、作業場を見回しながら思わずニッコリしてしまう。
ここは、始まりの街ファースにある企業組合の会館の一室だ。
企業組合は、主に生産プレイヤー向けに用意されている『所属』で、生産コンテンツのアドバイザーの常駐と、作業用のレンタルスペースが組合本部の会館に用意されているのが特徴だ。
俺は、夕飯を食べて再ログインしてから、ここの施設をフル活用して、【鍛治士】のレベル上げにインゴットを作っていたのだ。
いや、思った以上に時間がかかっちまったな。
時計を見ると、時刻は11時過ぎ。予定よりだいぶ時間が経っていた。
というのも、【鍛治】というコンテンツが案外難しかったのである。
インゴット作りをはじめとする【鍛治】の基本的な作業は、材料になる素材をルツボに入れて熱し、融けた金属を万能型枠に注いで整形。そしてそれを、さらに炉で熱しながらハンマーで叩いて不純物を飛ばしつつ調整し、冷却して完成だ。
しかし一見簡単そうなこの作業、地味に難しい。
なにせハンマーで叩く工程が、一種の音ゲーになっていて、インゴットの叩く場所とタイミングを流れる音楽の楽譜に上手く合わせないと、品質が上がらないのだ。
難易度の低い銅や錫はともかく、難易度が高い鉄は、簡単にはいかない。
音ゲーは、むしろ得意な方のだが、どうしてもある程度時間をかけて楽譜を覚える必要があるし、そもそも必要な補正やステータスが足らずにあっさり行き詰まった。
それで結局、面倒になった俺は、一度、作業をやめた。
最初は、鉱石を追加で掘りに行きやすいという理由で、『暗闇の窟』の入り口で携帯炉を広げて作業していたのだが、ファースへ移動。
24時間対応しているファースの企業組合の窓口に行って【侍】名義ではなく【鍛治士】名義で【紹介状】を提出した。
この辺は、やはりゲームだな。窓口も施設も時間が一切関係ない。
そんなこんなで【新米組合員】の称号と、ついでに『街のコミュニティに登録しよう』というミッションをクリアし、7枚目の【ミッション報酬】を手に入れた俺は、組合に常駐している【鍛治士】のNPCにアドバイスを貰い、鍛治作業用のレンタルスペースで作業を再開した。
NPCのおっちゃんに貰ったアドバイスは、要するに能力不足。
鉄を打つには、俺のステータスと補正がまだ足りなかったらしい。
だから、組合の講習を受けてアビリティカードの追加を勧められた。
アヤの言っていた職業スキルの追加クエストだな。
ただ俺は、時間が勿体無いので、【ミッション報酬】2枚を【鍛治術】と【剛力】のスキルに変えた。
これでようやく必要な攻撃力と器用度、そして補正を手に入れて作業が軌道に乗ったのである。
おかげで、生産関係のレベルが上がった。
ステータス
名前;ユーフラット
性別;男性
レベル;14
HP;1000/1000 MP;1/34 SP;70/70
職業;【侍LV11】【鍛治士LV6】
称号;【ルーキー】【新米組合員】
ジューカー;【カース・オブ・ブラック】
装備;【数打ちの刀】【粗末な革の胸当て】【粗末な革籠手】【革のブーツ】【ピッケル(大)】【カンテラ】
スキル;【剣術LV12】【生産の基本LV6】【クリティカルLV13】【発見LV9】【採掘LV7】【鍛治術LV4】【剛力LV3】
召喚;【ウィスプLV1】
ATK補正の【剛力】と【鍛治術】によるサポートを得た事で、【鍛治士】のレベルも上がってきた。
それに伴いプレイヤーレベルや生産系のスキルレベルも上がってきて、初心者感はだいぶ薄くなってきたな。
まあ、装備は相変わらず初期装備だし、デッキもまだ3枠余ってるけど。
しかしその代わり、そこまでの試行錯誤でそれなりの量の鉱石を無駄にした。
火乃香に言われて、錆びた剣や短剣を貰っておいて良かったぜ。
とは言え、成果が上がるっていうのは、やっぱ気分がいいな。
昔ハマっていたゲームは、アクションゲー、格ゲー、音ゲーなどなど色々あったが、物を作るタイプのゲームはあまりやらなかったので、新鮮で楽しい。
俺は、思わず自分の作ったインゴットのカードを、後ろに見せた。
「なあ、見ろよ。ようやく、鉄インゴットも作れるようになってきたぜ・・・?」
俺が振り返ると、そこには赤髪のローブの少女が難しい顔で頭を抱えていた。
言うまでもない。アヤである。
アヤは、俺がここでインゴットを作っていると聞いて、明日の打ち合わせを兼ねて様子を見にきてくれたのだった。
しかしアヤは、俺の差し出したカードには気づいてもいないようで、なんだか難しい顔して上の空。
俺は、首を傾げながら、アヤに再度声をかけた。
「おい、アヤ!」
「んあ?!・・・な、何?!」
「見てくれよ。ようやく鉄のインゴットが作れるようになったんだぜ?これでようやく、武器が作れる」
「・・・あ、そう」
「・・・なんだよ?その反応は」
別に、おべっかを使えとは言わねえけど、俺だって結構苦労して作ったんだぞ?
しかし、そんな俺の苦労などどうでもいいと言った様子のアヤは、草臥れたようにため息を吐いた。
「・・・まったく、兄貴は分かってないよね、ホント」
「は?・・・なんだよ、その言い草?」
これでもお前の動画に出る為に、頑張って【鍛治士】のレベルを上げてんだぞ?
確かに、最初はちょっと上手くいかなくて失敗とかもしたし、こうしてアヤが心配して様子を見に来る事になってるけども。
「でも、ちゃんとレベル上げて、明日の準備してんだろ?なんかおかしい事やってるか、俺?」
「あ・・・いや、ごめん。別に兄貴が悪いとかじゃなくてさ」
「あ?・・・じゃあ、なんだよ?」
「いやだって、そんな事件に遭遇したのに、ケロッとした顔してるからさ・・・」
「は?・・・事件?」
何の事だ?よく分からないアヤの言い分に、俺は首を傾げてしまう。
「・・・事件って、もしかしてさっき話したPKの事か?」
「他に何があるってのさ?」
俺が問い返すと、アヤは苛立たしげに即座に返した。
その返答に、俺はさらに困惑する。
先ほど、作業がてらアヤに話して聞かせた話、それは夕方遭遇したバックさんたちを襲っていたMPKの話だった。
要するに、鉄鉱石を掘った帰りにMPKに遭ってるパーティに出会して、一緒にPKを撃退して仲良くなった。それだけだ。
それの何処に事件性があるというのか?俺は、首を傾げるしかない。
「いやだって、単にPKに遭ったってだけだぜ?このゲーム、PKは普通にオーケーなんだろ?」
PK、プレイヤーキラーというのは、要するに経験値やアイテムなんかを狙ってプレイヤーを襲うプレイスタイルの事だ。
コレは、ゲームによっては禁止されている所もあるが、EOJではデメリットはあっても規制のないプレイスタイルである。
つまり、あそこでバックさん達を襲っていたPKは、別に違反行為をしていた訳ではないのである。
どのゲームでも、PKというのは、野生の徘徊ボスみたいなモンだ。公式が「やって良いよ」と言っている以上、出会したからっていちいち騒いでも仕方がないのである。
しかし、俺のそんな考えを見透かしたように、アヤは続けた。
「PK自体は、どうでも良いの!問題は、襲われた相手!」
「相手?」
脳裏に浮かぶバックさん達の顔に、俺は首を傾げる。
「バックさん達がPKに襲われたら、事件になるのか?」
「事件に決まってんでしょ!?『マーケット』の幹部をPKが襲撃するなんて、前代未聞だよ!」
「?・・・幹部?バックさん達が?」
「そうよ!EOJのトップ生産者達よ!」
【木工職人】バック。【鍛治士】火乃香。【調合士】ルル。この3人は、前線の攻略プレイヤーがこぞって武器や防具、アイテムを注文する異名持ちの生産プレイヤーだと、アヤは捲し立てた。
「掲示板で『鋸ニキ』『鎚の娘』『薬売り』って言ったら、その3人の事よ」
鋸ニキがバックさん。鎚の娘が火乃香。薬売りがルルさんか。それぞれ杖や弓などの木製武器、剣や斧のような金属製武器、ポーションなどの薬品類のスペシャリストで、最前線を影から支える有名プレイヤーだという。
「その他にも『マーケット』には、生産系のトッププレイヤーが何人も在籍してて、PKもお世話になってるんだよ。だから、普通は『マーケット』のトップメンバーを狙うはずないんだけど・・・」
クラン『ジョーカーマーケット』は、セカロンにクランハウスを構える大規模クランで、そのクランハウス内をその名の通り出店場所としてクラン員に開放しているらしい。
EOJのトップ生産者を擁するだけあって、その品揃えは多岐に渡り、クランハウスはあらゆる物が買えるデパートのようだという。
そしてこのクランハウスでは、PKも日常的に買い物をしに来ており、PK達にとっては、超重要な補給先なんだという。
「クラマスのリンドウさんが、とにかくやり手でね。クランハウス内で揉め事さえしなきゃ、どんな人でも買い物オーケーって感じなんだよ」
「ふ~ん」
要するに、PKにとってもバックさん達は重要な取引先のはずで、本来は敵対は避ける相手って事か。
まあ、確かに不評を買ってクランハウスを出禁にされたら死活問題だもんな。
強い装備や優秀な回復薬がなきゃ、PKなんてやってられないのだ。
装備は使えば修理が必要になるし、ポーションは消耗品だ。
それを断たれたら、引退すら視野に入る。
まあ、EOJでは、多分何とかなるはずだけど。
なにせ【無頼】なんて職業を用意し、所属に『闇組織』を選べるゲームだ。犯罪者ロールが出来ない訳がない。
だがまあそれでも、重要な補給先が潰れる可能性のある『ジョーカーマーケット』の幹部をPKが狙うというのは、確かに妙だな。
『マーケット』所属のプレイヤーを狙うにしても、いきなりリスクの高い大物から狙う必要はない。
「ねえ、兄貴はそのPKの名前やクランマークは見なかったの?」
「・・・見てねえな」
プレイヤーネームを隠すPKでも、所属クランは恣意目的で装備にマーキングする事が多いそうなのだが、あのPKはどちらも見えなかった。
意図的に隠したのか。単純にクランに所属していないのか。
「それに、護衛付きのフルパを狙うのもおかしいんだよ」
「ああ、それは確かに」
常識的に考えて、敵の頭数は少ない方が良いし、護衛なんていない方が良いに決まってる。
「しかも、護衛は『デンドロ』のレギュラーだよ?普通、絶対避けるでしょ」
どうやら、ミーティさんとアランさんも、結構な有名人だったらしい。
攻略クラン『デンドロビューム』は、少数精鋭のクランだそうで、3席と5席に位置するあの2人は、EOJ全体で見ても相当な実力者だそうだ。
まあ、金を持ってる有名生産プレイヤーが、弱い木端プレイヤーを雇う理由はないもんな。
少なくとも、ダンジョンボスを何度も周回出来る実力はあった訳で、PKにしてみれば、避ける相手で間違いない。
しかし、おそらくあのPKは、それを全て承知でモンスターを掻き集め、バックさん達の疲労がピークになるタイミングで仕掛けていた。
「流石の兄貴でも、ここまで聞けば、何かあるって思うでしょ?」
「・・・「流石の」は余計だ」
だがまあ、言いたい事は分かった。
要するに、普通狙われない上位プレイヤーを狙う謎のPKが現れたって事か。でもなぁ・・・
「そんなん気にしてもしょうがなくないか?」
「いや、気になるじゃん!」
「まあ、分かるけど」
でも、PKなんて、半分以上は愉快犯みたいなモンだからなぁ。
オンゲをやってると、リアルのストレス発散にPKやってる奴なんていくらでも見るのだ。
現実ではない仮想世界だからこそ出来る遊びというのがある。悪人ロールプレイなんてその筆頭だ。
「なんも考えずに有名プレイヤーを倒して悦に浸りたい奴なんて、いくらでもいるだろ」
「そうだけど!・・・でも、今までここまで上手く行った例って無かったと思うんだよね。兄貴が駆けつけなきゃ、ヤバかったんでしょ?」
「まあな」
もしかしたら、上位プレイヤーらしくまだ切り札はあったかもしれないが、追い詰められていたのは、間違いない。
俺が頷くと、アヤは腕組みしながら悔しそうに唸った。
「うーん、やっぱついて行けば良かったなぁ。まさか、半日目を離した隙にこんな事になるなんて・・・。兄貴の運命力を甘くみた」
「・・・それは、褒めてんのか?」
「褒めてるに決まってんでしょ!?」
「うおっ!?」
正直、煽りやがると半眼で返したら、なんかいきなりアヤが叫んだ。
驚く俺へ詰め寄って、アヤは、それはもう心底悔しそうに訴える。
「むしろ羨ましい!!もう~!兄貴はどうしてゲームを始めた途端、こうなるかなぁ!?ホントありえない!」
「はぁ!?」
羨ましいって、お前・・・。
別に狙ってやってる訳じゃないし、結局、トラブルが起きてる事には変わりないんだが?!
しかし、そんな俺の反論も、火に油を注ぐだけのようで、アヤは俺の首根っこを掴みながら、声を荒げる。
「贅沢言うなー!私が!毎日!!動画のネタにどんだけ苦労してると思ってんのよ!?」
アヤは、ちょっと涙目になりながら、俺に向かって喚き散らした。
どうやら、配信者として結構プレッシャーとか感じてるようで、その鬱憤をぶつけるように、アヤは叫ぶ。
「ズルい!!私だって、イキった勘違い君を瞬殺して理解らせたり、ボスをノーダメクリアして話題になったり、有名人のピンチに颯爽と駆けつけちゃったりしてみたい!!」
「知るかー!」
俺は別にそんなトラブルは望んでねえ!!
大体、実力的な話で言えば、アヤ自身だって十分、上澄みだ。その気になれば、似たような事は自分でも出来るだろうに、なんで俺だけ責められなきゃならねえんだ!
憮然とした思いで怒鳴り、俺はアヤを押し返した。
正直、これ以上は色々不毛なので、俺は中断していた作業へと戻る。
今夜は、この山ほどある錆びた剣や短剣を全部インゴットにしてから寝たいのだ。
明日は、土曜日。大学も休みで、視聴者に集まりやすいタイミングなので、アヤは午前中から配信をするつもりらしいのだ。
それまでに刀を作らなければならないので、段取りだけはしておきたかった。
カードから武器を出すと、【鍛治士】の特性で剣を手動で解体する事が出来るので、インゴットに出来る刃の部分にハンマーを打ち付けてルツボに入るように砕いていく。すると・・・
「ん?」
不意に妙に甲高い音が手元から鳴り響いた。
「あーー!!」
そして、俺が事態を把握するより早くアヤがその音の意味に気づき、驚愕の声を上げたのだった。
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