第6話
「ハロー♪ オウジョサマ」
陽気で、それでいて不快な声がラシオンの鼓膜を揺らす。
扉の先、玄関の前に立っていたのは白と黒、二色の帽子を被った道化師。
道化師に手にはナイフが握られており、それが深々とラシオンの心臓に突き刺さっている。
「…………かはっ」
反射的に体が動いた。
三ヶ月の引きこもり生活を経ても尚、染みついている騎士としての動き。
口から血が溢れると同時に脚を前に押し出し、敵を蹴り飛ばして距離を取る。
「な、何者……!」
王家に伝わる錬金魔法によって剣を作り出し、構える。
一方で立ち上がった道化師はその様子を見て心底愉し気な様子で喉を鳴らす。
「くフフふフふ! 酷い構えですねぇオウジョサマ。平和な生活で随分と鈍られたご様子で。まさかあんな子供騙しの一手が通じるとは、この私、夢にも思いませんでしたぁ!」
「何者だと、聞いているのです……っ!」
「ああ、きひヒひヒ! 失礼! 私、魔王様の側近を務めておりました骸道化のピェロットと申します」
魔王軍。
その言葉を聞き、ラシオンは驚愕を隠せない。
「どうして、ここに魔王軍が……?」
突き刺さったナイフを引き抜き、ラシオンは疑問を投げる。
刃によって貫かれた胸部には薄緑の光が灯り、彼女の傷を癒している。
「ふーむ、腐ったとて流石は勇者の末裔。その程度の傷では致命傷にはなりませんか」
「答えなさい……! どうしてこの世界に魔王軍が来ているのですか……!」
片膝をついた状態で道化師を睨むラシオン。
それを受けた道化師は一瞬、顔を俯かせる。
「……魔王軍など、この世界には来ていませんよ」
「……え?」
「確かに私は魔王様の側近と名乗りはしましたが、魔王軍そのものを率いてきたとは一言も告げておりません。私はこの世界に単独でやってきました」
道化師は肩を震わせる。
そこには余りにも濃い、憤怒の感情があった。
「……魔王軍がテメェら王族の連中に壊滅させられた、復讐のためになぁ!」
「…………っ!」
道化師は怒りの表情で襲い掛かる。
指を鳴らせば、あらゆる場所から出現する刃物。
それらが嵐となり、彼女の体を切り裂いていく。
「ひっ……!?」
久方ぶりの激痛。
急所を避け、蝕むことに特化した攻撃によって、ラシオンはもう片方の膝もついてしまう。
「おいおいどうした? 前に見た時はもう少しマシな動きをしてやがったはずだがなぁ?」
「…………」
ラシオンは動けなかった。
正確に言えば、道化師の攻撃を防御するための動きしか出来なかった。
今までならば反撃のために多少の苦痛を飲み込むことも行ってきた。
しかし今は死なないための動きしか出来ていない。
「……キひゃヒャひゃ。わかる、わかるぜ。暗黒を脱ぎ捨て、骸となった今の私にはお前の気持ちがよくわかる。恐れてやがるなテメェは。死を! 苦痛を! 魔王様に殺されたことが余程堪えていると見える!」
その通りだ。
ラシオンは根底意識で道化師の言葉を肯定する。
今でも時折夢に見る。焼けた王宮にて、消し炭になる自分の姿。
失敗した。護れなかった。死んでしまった。
襲われた。恐怖に晒された。蝕まれかけた。
勇者として、王族としての使命を果たせず、死と苦痛を恐れた。
新天地においても恐怖に飲まれ、その先で偶然優しい人に拾われた。
だからもう、外には出たくないと思った。
道化師の前に居るのはただの引きこもりの少女だ。
何も出来ない、哀れな少女なのだ。
「ヒハはハ! こりゃ良い! その顔をもっと色濃い恐怖に染めてやるよぉ!」
「待てこら」
その時、別の声が響いた。
道化師の肩に手が乗せられる。
「人の家で何暴れてくれてんだよ、この不審者」
広夢春明がそこに居た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます