土間のある家で暮らしていると

智月 千恵実

レアな誕生日

家は裏庭に面した扉を開けると、土間があります。そのまま正面玄関に向かうと左側に、2階に続く階段があります。階段を上がり切るまで土足です。そんな造りになっています。

土間は自転車やバイクのガレージとしても使っています。


そして大人になってから、土間で神秘的な体験をするようになりました。

もしかしたら、私が気づかなかっただけで、子どもの頃からその神秘的な出来事はずっと、人知れず行われていたのかもしれません。


ある夏の夕方のことです。

土間の窓際の柱をゆっくりと登っている何かが目に留まりました。親指くらいの大きさの、ずんぐりむっくりした茶色の物体が、柱を上へ上へと進んでいるのです。薄暗い中、目を凝らして見ていた次の瞬間、あっと小さく叫びました。


セミの幼虫でした。

セミの抜け殻は飽きるほど見たことがありますが、羽がまだ無いセミが歩いているのを見たのは今回で2回目です。


安全な場所を見定めながら上へと向かっています。随分と昔、羽がしわしわになって飛べなくなっているセミを見たことがあります。不安定な場所で羽化すると、途中で落ちてしまって、一生を台無しにしてしまうようです。

見上げる姿勢に疲れてきた頃、セミは天井から30センチ程のところで止まりました。そこを羽化する場所に決めたようです。

セミにもきっと性格があって、慎重と軽率に分かれるのだろうと考えていたら、妙に親しみを感じてしまいました。


それからしばらく経って、妹が大きな声で呼ぶので階段を降りていくと、目に飛び込んできたのは真っ白いセミでした。輝くような白でした。

これから自分の抜け殻を支えにして、羽を伸ばしていき、そしてセミ本来の色に変わっていくのです。


私はスマホを構えたまま、

「おめでとう」

と無意識に言っていました。

お祝いの言葉をかけてもらうなんて経験は、きっとセミにとってもレアなことなんだろうなと思ったら、なんだか頬が緩みました。


ところで、セミの幼虫には各地域によってさまざまな呼び名があるそうです。

「ノコノコ」とか「アナゼミ」と呼んでいる所が多いようですが、中には「モザモザ」とか「フゴフゴ」と言う地域もあるようです。

私の住む静岡では、「モヤモヤ」だそうです。

なんだか可愛いと思ってしまうのは私だけでしょうか。

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