うさぎ島管理人さんの妄想譚

いすみ 静江

🐇うさぎ島を目指して

むぎちゃん、五月ともなれば油断しないでね。熱いときは帽子を被るんだよ。冬は湯たんぽも使ってね。無医村と聞いて、はらっと心が乱れるわ」

「お母さん、一通りのお薬は持っていくから大丈夫だからね」


 小原おはらの両親が揃って乗船前にお別れにきてくれた。

 身の回りの手荷物は少ない。

 最初はあれもこれもと詰め込んでいた。

 笑えるものではうさぎ用のフォトフレームも。

 しかし、正式には住民がいない村にいって何をすべきかと思い、ブルーのトランクだけになった。

 東京国際とうきょうこくさいクルーズターミナルから離れゆく船春日かすがに乗り込む。

 見送りは父と母だけ。

 彼氏の山岡やまおか新冶しんじさんは、クリスマスのレストランで、もう会えなくなることを告げるとその瞳に私を写さなくなった。

 今は五月だというのに、凍えそうなメッセージが届いて、別れを切り出された。

 だから、私には家族しかいないんだ。


「麦! 気を付けるんだよ」

「そうだぞ、お父さんは信じている。麦を信じている」


 振り返ったらきっと泣いてしまう。

 今日は風が強いのか。

 旅立ちの追い風は私のバロック真珠など散らす。


「私、がんばるから!」


 届かないと思えどもきっと私の口が動くことで決意が伝わるだろう。


 ◇◇◇


 海を切り裂いて船は去った。

 もう姿を追えない。

 一瞬にして、楽しかった想い出が押し寄せる。

 どんなに辛いときも笑顔で応じてくれた。

 私が第一志望の高校に落ちたときも。

 受験は高校だけではないし、学生が終わっても評価されることが多々あると。


「奥さん、中で落ち着くとええよ」とは、見知らぬ紳士だった。


 奥さんとはもしや私のことですか。


「それもそうですね」と後退り、邪魔されたくなかったので客室に戻る。


 本当はいいチケットで乗っていたが、負けたまま去っていくのが悔しくて、風で頬を打とうと客室から出ていた。

 お父さんが喉を詰らせていたから。

 小原の大黒柱の狼狽を初めて見た。

 一人っ子の私は都会を姥捨て山にしたのか。

 私も二十七歳だ。

 飯塚いいづか大学大学院の修士課程を修了したかと思えば、周りはもうリンゴーンとご結婚されて、売れ残りクリスマスケーキの気分は紫色をしている。

 

 青いシートに落ち着く。

 さて、珈琲でも飲もうか。

 地図上の島名は美羽島みうじまといい、入植者もなく偶に都の職員の方が見回りにくる程度だったという。

 東京都でプロジェクトに参加しており、本島のうさぎ問題に当たり、観光化の方向となった。

 昨年建設された島のビジターセンターはまだ未完成で、これから切り盛りしていきたい。

 スタッフが他に助手をつけるように話してくれたのだが、私の夢を自分だけでなるべく進める予定だ。


 ◇◇◇


 船から音楽が流れる。

 懐かしい歌、それだけでお腹が一杯だ。

 私の故郷は東京だが、都会でも故郷になる。

 そこに家族がいるからだ。

 出航から三時間と二十七分後、下船のときだ。


「さ、て、と」


 空気がいい。

 もしかしたらうさぎの香りかも知れない。


「小原さんですね。お疲れになったでしょう。お荷物は私、宇川うかわ壱太いちたがお持ちいたします」

「ああ、大丈夫ですわ」


 ガタゴトとトランクを持つ。

 持ち上げるには重かった。

 しかし、砂地では転がせられない。


「では、ここでのお世話係として妻の緑子みどりこもお手伝いさせてください」

「す、すみません。では、遠慮なく」

「よろしくお願いいたしますね」


 品のいい感じのおじさまとおばさまだった。

 就任一日目は、僅かに通ってくれている隣の九九島くくじまのご夫婦が迎えにしてくれていた。


「今日はもう遅いから、うちにおいでなさい。ビジター用のバンガローもあるからね」


 いい方でよかった。


「少しだけセンターへ寄ってもいいかしら。実際に中を見てみたいのよ」


 桟橋から歩いて三十二分で美羽島のビジターセンターに着く。

 東京都から預かっていた鍵で裏から入ると、もやっとした空気が立ち込めた。


「うわあ! 凄くいいところだわ」


 靴を脱いで上がる。

 隅々まで綺麗に掃除されていたのでストッキングでも汚れなかった。


「ご夫妻が常に気にかけてくださり、私を歓迎してくれたお気持ちがよく分かりますわ」


 にこやかなご夫妻は、偉そうになんてしない。

 殊勝な姿に船の向こうの両親を思い出す。


「都に提出した企画なのですが、本島の愛称をUSA島うさじまとし、うさぎの夢がいっぱい詰まったコーナーもセンターに設け、島の動物植物それぞれの環境を博物館から発信していきますね」


 お二人に握手を求めた。


「期待しています。小原さん」

「あなた、あまり無理をさせてはいけませんよ」

「そうだね。ははは」


 ここならやっていける。

 上手くいくものも人間関係に左右されることがある。

 だが、ここでは心配なしだ。


 入島しての初ご飯はお夕飯にお鍋だった。

 私も長ネギを斜め切りしたりする。


「鍋にハズレは少ないですから」

「さすが、おもてなし文化だわ」


 笑いが止まらない。

 寄せ鍋の具がくたったからと笑い。

 宇川のおじさまと同じ昆布を狙ったところで笑い。

 おばさまが八時には普段眠るそうで、電灯要らずと言っては笑い。

 多分、励ましてくれたのだろう。

 シャワーがあったのが幸いで、疲れが取れた。

 眠りの境目を知らずに寝付いた。


 ◇◇◇


 翌朝、おばさまのお手伝いをして朝食を済ませた後、来客用のバンガローの並んでいる様子を見学した。

 棟はAからHまであり、AとDの四棟は主に一名ないし二名用で、EからHの四棟は四名まで布団を敷けるご家族様用だ。

 バンガローのA棟に私物を運び、ビジターセンターへと向かう。

 少し遠回りになるので、徒歩五十四分だった。

 よくみれば、バス停がある。

 ビジターセンターの前には『なんとか小学校前』と読めた。

 そうか、学校があったのか。

 『美羽島のんびりバス』と言うのは資料にはなかった。

 運転手もいない上、利用者がいないと思われる。

 コペルニクス的転回だろう。


「暫くは展示の計画を進めて、一方で広報もしないとね」


 事務所でパソコンを立ち上げる。

 もやもやしている部分を打ち出してみた。


 ・この島は、古くからうさぎが多い。

 ・ビジターセンターがあり、環境や生態について学べる。

 ・勤務先の愛称をUSAうさかんとする。

 

 「博物館学芸員と司書の資格も得、獣医の大学院を終えて三年目に入ろうとしているの。博物館勤務はとても嬉しい」


 昼休みに少し外を散策した。


「かわいいなあ。お嫁においで。なーんてね」


 ・穏やかなうさぎが多いが、彼らの話を聞いていると世の中の広さに感嘆する。

 ・時折、デジカメで撮影したうさぎや島の光景をホームページに新聞形式で掲載したい。これがメインの仕事となり、正式名称をうさ島新聞とした。


 うさ島新聞で博物館の準備段階から公開していた。

 USAうさばなしが大変好評で、物語仕立てのうさぎの暮らしぶりを載せたものだ。

 私と同じく夢を抱き、ぜひ訪れたいとのメールもいただく。


 ◇◇◇


 七月になって、気になるメールが入ってきた。

 ホームページ管理人宛てでなく、私の名前、小原おはらむぎ宛てだったからだ。


「是非、島の専属カメラマンになりたい」


 内容はそれくらいだ。

 差出人は、稲庭いなにわ優飛ゆうひさん。

 恐らく男性の文章だ。


 もしいらしてくれたら、企画ものはよく読まれるので、それに合う写真をお願いしたいと思う。

 USA噺に合った写真も欲しいと思っていた。

 丁寧に返信をし、数通やりとりしている内にこちらへの入島が決まる。


「本当に真面目な方でいい感じだわ。無碍に断ることもないわね。迎え入れるように支度をしましょうか」


 ◇◇◇


 こちらは、人間の物語とうさぎの物語が平行する世界だ。

 どうぞ、「うさ島新聞」の「USA噺」更新をお楽しみください。


 例)以下のような組み合わせはほぼ同時公開です。

 🐇マークの話で人間ドラマをお楽しみいただけます。


    01 :その名は二刀流、うさぎ

    🐇🐇🐇01


 *****************

 🐇うさぎ島を目指して

 01 :その名は二刀流、うさぎ

 🐇🐇🐇01

 02 :うさぎ恋愛相談所、逢先生とぱにぱに

 🐇🐇🐇02

 03 :ミミちゃんの第六感~マーメイド・キャロットジュースそして布団

 🐇🐇🐇03

 04 :うさぎとシマエナガのその諺どないよ

 🐇🐇🐇04

 05 :うさぎの寿命が八十八歳か、告げるは花

 🐇🐇🐇05

 06: 片翼をもがれた赤うさぎ

 🐇🐇🐇06

 07 :銀糸のドレスでまた会いましょう

 🐇🐇🐇07

 08 :ヒーローの名を綴りたい

 🐇🐇🐇08

 09: 斑―まだら―

 🐇🐇🐇09

 10 :告白は真夜中―天然の音色とともに―

 🐇🐇🐇10

 11 :うさにっき

 🐇🐇🐇11

 🐇うさぎの前で誓います

 *****************


 ――01へ続きます。

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