第13話 忌札
改めて、〈たぁちゃん。〉が呪いの小説でないと突き付けられた。まさかの展開に言葉を失う私。では、〈たぁちゃん。〉でなければなんだというのか。
「先に訊いておきたいんだが」と前置きして漆間さんは続ける。「蔓屋書店で楠田さんが感じた禍々しい視線。あれを感じたのはあの日が初めてなのか?」
私は記憶を遡る。
思い当たる節は一切、なかった。
「はい。ああいった体験はあれが初めてです」
「分かった。その線は消えたとして、であれば、呪いの発生にタイムラグが生じた可能性もある。君はあの日、蔓屋書店で〈たぁちゃん。〉のほかに小説を読んだか? だとしたら何を読んだか覚えているか?」
ほかの小説。その可能性は微塵も考えていなかった。あの日の蔓屋書店では色々読んだ。でも〈たぁちゃん。〉の印象が強くてあまり覚えていない。そこで傍と気づく。読書履歴という機能があったことを。
私は読書履歴を開く。〈たぁちゃん。〉のほかに二二作品、読んでいたようだ。ジャンル問わず短い時間で読める掌編をいくつか。そのほとんどがエッセイ・ノンフィクションと創作論で、とても読んだら呪われるとは思えないタイトルばかりだ。もはや、小説が原因じゃないのではと思えてくる。
まさかこの作品、全部読まないですよね?と聞くと、漆間さんは読むと即答。ちょっと時間が掛かるから、君は少しでも大学の講義を受けたほうがいいと言われてしまった。なんで私はあのときに限って、こんなにも多くの小説を読んでしまったのだろうか。結果論とはいえ、あの日の自分をそれこそ呪ってやりたい気分だ。
読むときは読書履歴の【初めから読む】をクリックしてくださいと伝えると、私は漆間さんに言われた通り講義を受けに行く。
二時間後に講義棟を出てベンチへ歩いていると、変わらず漆間さんが座っているのが見えた。彼はこちらを見つけると手を振ってくる。私は駆け足で彼の元へ向かった。
「どうでしたか?」
読むことに疲れたのか、大きく伸びをしたあと首を抑える漆間さん。ジュースくらい買ってきてあげればよかった。なんでこんなに気が利かないのだろう。彼は私のために多くの時間を割いてくれているのに。
「面白かったね。特に〈モジパラで出会って結婚しちゃった件。これが本当のモジパラ婚(笑〉は良かった。思わず、おめでとうと口に出していた」
その返しは想像できなかった。
「気持ちは分かります。私もその作品は楽しく読ませてもらいましたから。でも、そうじゃなくって……」
「どれもハズレだった。〈たぁちゃん。〉同様に読み方を意識したけどね」
「そう、ですか。やっぱり小説以外に原因があるんでしょうか?」
「その可能性もないとは言えないが、ほかに亡くなった二人がモジパラのユーザーだったってことが、それは違うと告げている。これは同じ怪異で命を落としたと仮定しての話だが、やはり原因は小説と考えるのが妥当だろう。とはいえ、実際に怨糸は現れなかった」
「ちなみに、その二二作品の前に読んだ作品は、あの日の前日の夜まで遡ることになります。それも、元々読み続けている連載作品です」
背もたれに背中をつけて、腕を組む漆間さん。思考中のようにも思えて黙っていると、彼はおもむろに呟いた。
「だとすると、やはり二二作品のどれかか。あるいはやはり〈たぁちゃん。〉なのか。読み方に更に気を配るにしても、せめてもう少し作品を絞れれば――そうだ、楠田さん」
「はい」
「闇オジの読書履歴を調べたい。というのも、楠田さんが読んだ二二作品のどれかを闇オジが読んでいたなら、それが呪いの小説である可能性が高いからだ」
その手があったかと膝を打つ。
闇の警備員さんの読書履歴。すでにこの世にいない彼に聞くことは不可能なので、別の手段をとる必要がある。ふと可能な方法が脳裏に浮かぶけど、そう都合よくいくだろうか。感心したものの、すぐに不安感が去来した。
「分かりました。なんとかしてみます」
「頼む。読書履歴の重なっている小説が仮に一つだったら、多くの時間をその小説の調査に割くこともできる。――さてと」
漆間さんが腕時計で時間を確認する。
「もしかして何か用事があったんですか?」
「知り合いの配信者のチャンネルに出ることになっている。その人も怪談をメインとしていてね。この界隈は横のつながりが強いんだ」
「そうだったんですね。なんかお忙しいところすいません。あの、私このあと――」
どうしたらいいですか?
最後の言葉が出なかった。また怪異に遭遇するのではと思うと不安で仕方がない。でも自分毎だ。なのにどこまでも他人任せにしようとしてる自分が嫌だった。たいして親しくもないのに親身になってくれる漆間さんに、面倒くさい女だとも思われたくなかった。
「楠田さん、これを」
漆間さんが茶色い封書を寄こしてくる。これは?――と聞くと、
「中に、悪しきものを寄せ付けない効力を秘めた
断りを入れて封書の中を改めると、赤い紙に黒字で〝忌〟とだけ書かれた札が三枚出てきた。簡素だなと思ったけれど、色々書いてあればいいってものじゃないのかもしれない。
「これを私に?」
「ああ。俺は死者の怨念を感じ取る力がありながら、悪しきもへの耐性が一切ない。ゆえに危険な状況に陥りそうになるときが、ままある。これは、そういったときのためのものだ」
「漆間さんが作ったんですか?」
「いや。俺の特異体質を知っている、というよりも見抜いた霊媒師が憂慮してくれたものだ。ちなみにその霊媒師も動画配信をやっている。ほかの似非霊能力者とは一線を画する、ガチでやらせなしの悪霊退治は一見の価値ありだ」
登場人物の知り合いに霊媒師がいる。
ホラーの創作でよくある設定だけど、現実でもあるようだ。
「でもいいんですか? そんな大事なものをもらっちゃって」
「大丈夫だ。俺の分はある。使い方は簡単だ。一枚取り出し両手で挟んで、己の身の安全を強く念じる。具体的には、着物姿の女を脳裏に浮かべて、この女から守ってくださいといった感じか。そのあと肌身離さずにいること。楠田さんはいつなんとき怪異――と呼ばせてもらうが、その怪異の魔の手が迫るか予測できないからなおさらだ。シャワーを浴びるときも想定して、スマホ用の防水ケースにでも入れておいたほうがいいかもしれない」
「分かりました。ありがとうございます。あの、仮にその怪異が近くで発生した場合、この忌札に何か変化でも起きるんですか? もしそうなら、あ、来たんだって分かるのかなって」
「半径一〇メートル程の結界に怪異が触れた場合、忌札の四隅のほうから炭化していく」
「炭化……黒い炭のようになるんですね」
「そうだ。常に意識して確認する癖をつけたほうがいいだろう。忌札が炭化したそのときが、怪異が楠田さんに近づいたってことだからな」
こういった御札が存在するのを初めて知った。怪異に遭遇していなければ、眉唾物扱いしていたかもしれない。今はもちろん、その効果を体験する前から信じ切っている。私はもう一度感謝の言葉を伝えると、忌札の入った封書をバッグに入れた。すぐにでも防水ケースを買おう。アルバイトの前から首にぶら下げようと決めた。
ところで、霊媒師。一応、訊いておこうと思った。
「最後に一ついいですか? 忙しかったら止めておきます」
「大丈夫だ。何か?」
「さっき霊媒師の話が出たんですけど、私に掛かっている呪いって、その霊媒師の方に祓ってもらうことはできないんですか?」
祓ってもらえればそれで終わりじゃないのか、という至極単純な疑問。これが可能なら、漆間さんの手をこれ以上煩わせることもないと思ったのだけど――、
「それは無理だ。霊媒師に祓えるのはそこに存在する怨念や霊だけだからな。さき、猫の怨念を見たと思うが、あれはあの場所に縛られている霊という認識でいい。よって除霊して成仏させればそれで終わりだ。だが楠田さんが見た着物姿の女は、悪意ある何者かによってモジパラで拡散された死者の怨念が、怨糸を経て具現化したもの。防いだり遠ざけることはできても祓うことはできないんだ。つまり呪いを解くにはどこかに存在する元凶を特定をし、そこで正しい対処をするしかない」
「そう、ですか」
事はそう簡単にはいかないらしい。
私の淡い期待がパンっと弾ける。
「ところで死者の怨念が具現化したとして、なぜ着物姿の女なのだろうか。そこは気になるな」
漆間さんが顎に手を当てつぶやく。
そういえばそうだ。なぜかそこに疑問を抱くことがなかった。潜在意識に刷り込まれた怪異の姿として、その枠から逸脱していなかったからだろう。ホラーの創作に着物姿の幽霊はたくさんいる。
漆間さんとは最後にLINEの交換をして大学の構内で別れた。残りの講義には間に合うけれど、どうにも受ける意欲が沸かない。
呪われているという実感。そのさきで待ち受ける死。それが必ずしも絶対ではない。呪いのメカニズムなんて分からないし、ルールがあって杓子定規に進むのも滑稽に思える。でも闇の警備員さんが死んだのは事実。三輪綾乃が死んだのも事実。だからこのままではいずれ私も――
「いや。絶対に、いや」
意味も分からず誰かの無作為に掛けた呪いで死ぬなんて馬鹿げてる。私の命はそんなに軽々しく扱えるものじゃない。私の命の価値は私が決める。私は呪いなんかには絶対に負けない。
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