第15話 マクスウェルの悪魔 4.熱しせん
4.熱しせん
「自分の死に姿?」
彼、籟之目 叡智――はあまり興味なさそうに応じた。でも、話を聞いてくれるというので、すぐに放課後、彼の学校に向かった。
「自分の死んだ姿が、鏡に映るんです! そのたび、ちがう死んだ姿が……」
「そのたび? キミはそんな波乱万丈な人生をおくっているのか?」
「そんなことはない、と思うけど……。あなたは気づいていないけれど、私はTVにもでるタレントよ。一般的な学生よりは忙しかったり、出会いも多かったり……すると思うわ」
「タレントだからって、ここ数日で、人生を変えてしまうほどの変化があるわけじゃないだろ?」
そういうと彼は少し考えこむ。それはちょっと意外だった。これまで、打って響くというか、訊ねたことに即答してきたのに……。
「なるほど、キミの未来視は量子論でいう不確定性原理による、二つが成り立たない力だったようだ」
私は面食らって「どういうこと?」
「不確定性原理とは、速度と位置は決められない……という量子力学の逃れられない問題だ。
観測するだけで対象に影響を与えてしまう量子の世界では、速度を決めようとすると位置が、位置を決めようとすると、速度が不確定となってしまう。
キミが自分の死に姿を決めてしまうと、キミの動きが、キミの動きを決めてしまうと、キミの死に姿が不確定となる」
「私が観測したことで、私の死に姿が変わる……? だとすれば、私はずっとちがう自分の死んだ姿をみなくちゃいけないの……」
一度だって、そんなものを見たいと思う人はいないはずだ。それが何度も……なんて……。
「キミはTVに出るのだろう? 死体役をくり返している、と思えばそれほど苦痛ではないはずだ」
彼はそういった。それは絶望を加速させる言葉だった。
ただ彼はすぐに表情を厳しくして、冗談を戒めるように言った。
「問題は、キミが自分の死を観測すると、位置を決めることになり、キミの生き方が決められなくなる。生き方を決めると、死ぬときの状況を変えてしまう。両者が並立しないことだ。
つまり君は観測者であり、観測対象だ。それが両立しないから、キミのそれは見るたびに変化する」
「どうすればいいの……?」
「何度もいったが、キミはどうしたいんだ?」
「私は……子役として脚光を浴び、それが下火になって、死にたいと思っていた。でも、私はあなたと出会って、今を受け入れられるようになった。そうしたら、またテレビにも出演できるようになって……。もう私は死にたいなんて思いません。生きていたいです!」
「なるほど、自分を受け入れた……そこが問題だな」
私は驚いて「どういうこと?」
「それまでのキミは、ただの観察者だった。観測はしても、何もしない前提だった。でもキミは自分の死をみる、観測者から観測される側となった。それが、自分を受け入れた代償だ」
「えっと……、どうすればいいの?」
「観測といっても、今ある自分をみるわけではない。つまり、今ある時点から、死ぬまでに大きな変化があればいい。死すら凌駕するだけの、大きな変化だ」
変化……? 芸能界を辞める? でも、ほとんど開店休業状態で、これまでだって辞めていたようなものだ。他に大きな変化って……。
「私を……女にして」
そう宣言したことに、自分でも驚いていた。
「それが、キミの求める変化か?」
「私は子役として、子供なのに、子供らしくないふるまいがウケて、小悪魔と呼ばれるようになった。でもそこに、ずっと違和感を抱いていたの。小悪魔……なんていう愛称が、私をずっとしばってきた。大人になったら、その武器を失ってしまうのではないかって……」
彼の手が、私の下腹部へと滑り下りていく。彼の指が、私の未熟だったところを、少しずつ開発する。
ゆっくりと時間をかけ、私のそこに潤滑油を満たしていく――。
来た! でも、私はあまりの痛みに軽く悲鳴を上げてしまう。
「キミは生まれつき、せまいようだ」
まるで建付けの悪い開き戸のように、少しずつ動きやすい部分をさがし、彼はゆっくりと侵入してきた。そして、奥まで達したころには、彼の形と、私の形がぴったりとなった。
私は初めて人になれた気がした。私の足りなかった部分が埋められたことで、一人前になった。
小悪魔から、悪魔になった……。
私はその日以来、自分の死ぬ姿をみなくなった。未来視はつづくけれど、自分の死を見ない。
彼はその理由を説明してくれた。
「観測者にもどっただけさ」
その言葉が何を意味するか? まったく不明だし、訊ねてもはぐらかされる。でも今はそれでいい、そう感じた。
私は〝小悪魔〟を演じることで、いつの間にか自分も傍観するだけ、になっていたのかもしれない。
でも、私は彼との出会いにより、少しずつ変化することで自分すら傍観するようになっていった。それが〝女の子〟から〝女〟になり、自分をとりもどすことができたようだ。
不安定だった自分を、小悪魔という呪縛で形作っていたあのころから、大人の女になることで自分になったのだ。
私は彼にまたがると、彼のそれを自ら導き入れ、そしてぎゅっと彼に抱き着く。
「これだと、腰がつかえないよ」
彼はそういうけれど、私は「それでいいのよ」と応じた。
私のそこは、彼のそれにぴったりと合うように開発されたのだ。だから、こうして動かずとも、彼のそれを感じるだけで、私はイクことができる。
「はぁぁぁぁ……」
もう死にたくなんてない。絶対に! だって、こんな気持ちいいことができるのだから。この悦びにすべてを委ねて、私は彼を魅了する、悪魔として、私はこれからも生きていく。
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