第10話 リラクティブな優雅生活 2.絶対的嫌悪感
2.絶対的嫌悪感
私にとって、不可解というのは不自然で、不都合だった、簡単にいうと、統制する立場で、下にいる者の行動が読めない……というのは齟齬であり、厄介というしかないのだから。
人間というのは愚かで、むしろ愚かにするよう、教育や情報をつかって導くことが必要だ。
教育者の質を落とすと、悪い意味で統制が利きにくい。頭がよくて、従順な教育者が求められ、それによって国民はより従順で、統制者の意見を聞き入れるよう動かすことができる。
報道機関もそう。ジャーナリズム……なんて統治者にとって邪魔な思想をもつ者は不要だ。フィクサーなどと驕って、のうのうとする者がメディアを牛耳ってくれるのが扱い易くてちょうどいい。
SNSも同様だけれど、ここは手をくんだ宗教団体をつかい、従順に、命令通りに動いてくれる信者を手駒にして、情報を操作し、人々を誘導する。〝共感〟という、人間にありがちで、正常な判断を妨げる要因がSNSの特性なのだから、思想統制も簡単だ。
つまり、ヘタに小賢しくて、頭のキレる人間は統制する側にとって邪魔なばかりでなく、周りを扇動して権力に盾突くので排除すべき対象としてとらえるべき、ということだ。
籟之目 叡智――。
彼はまさにその、すべての不都合な条件を有す。
傀儡とできない相手をどうするか? 「殺す」もしくは「社会的に抹殺する」と、教えられてきた。
殺すのは自分の手を汚さず、誰かにさせるので色々と大変だ。社会的に抹殺するのは、情報を操作するという古典的で、研究され尽くしているのに有効な手法を用いればよい。
あの男を社会的に抹殺する! 私はそう決めた。
「籟之目君が、公園で猫を虐めているのを見かけて……」
人間性への疑義を植えつける――。情報操作の初歩の初歩で、彼は悪い人間――と印象づけることで、今後の情報操作がしやすくなる。コミュニティで大きな力をもつ相手に、こうした情報を流すことで、広く学校内に伝播することができる。SNSでもよく用いられる手法だ。
「あははッ! ない、ない。彼はネコどころか、他人に興味すらないから。もしそう見えたのなら、何かの実験をしていたのかもしれないわね。でも他者を害すことはしない人よ」
とりつく島もなかった。
万人が同様の反応をする。どうやら変人だけれど、彼の〝他人に興味ない〟という資質は、盤石のようだった。
「彼は怪しい宗教をしているらしい」
孤立化――。彼の周りから人を遠ざけ、精神的に追い詰めようとする手法だ。でも「彼が宗教をすることは絶対にないよ。むしろ彼が真理を追い求めることで、勝手に信奉されることはありそうだけど……」そう返された。
彼は唯我独尊、宗教というのは所詮、究極の縦社会だ。平等とか、平和を謡いがちだけれど、彼らが自ら序列をつくり、争いの種を生んでいる。信仰心をもつと、それが絶対の真理、正義となり、他者と対立する基となるのだ。
そして信者を生かさず、殺さず、信仰心を利用して甘い汁を吸いながら、上の連中は濡れ手で粟の利益をえつづけるシステム、それが宗教だ。
それを知る者は宗教を嫌悪し、距離をとろうとする。だから孤立する……と思ったのだけれど……。
彼は他人を従わせることになど興味なく、まさに独善ではなく、独尊。毒はあってもドクターですらない。
孤高という点において絶対的に信用されており、孤軍奮闘であって、孤立無援でもあった。
通常、人は揺らいだり、曖昧だったり、つけこむ隙があるものだ。でも、彼は飛び抜けており、飛び越えており、鳶は鷹を生んで何かを為したような気になるけれど、彼は自分が強くあり、そこが変わらないからこそ、情報操作ぐらいでは揺らぐことがない。
社会的に抹殺する……、そんな無謀で、暴挙を私は棒に振った。
殺すか……。
しかし現状、私はただの学生だ。殺し屋を雇うにしろ、コネと金がいる。
誰かを唆して、素人をそうするためには精神的に壊して、洗脳することが必要だけれど、学生は衆人環視、精神を壊すと有象無象がやってきて、あぁでもない、こうでもない、と余計なちょっかいをかけてくる。これが教育の難しさ、ドロップアウトで大騒ぎだ。
教師や教育委員会は、むしろ無視しようとするのに、話のネタにしようと記者や、人権派を自称する奴らが寄って集って、そういう子供を隔離してしまう。人殺しまで育てるのは大変だ。
特に、この北南東高校は、教育に熱心な親も多く、そういう意味でもコントロールが利きにくい。低レベルの学校だと、子育てに興味ない親も多く、その愚かさが都合よいのだけれど……。
それに学生では人の死が珍しく、大ごとになるのが必定だ。教育者ほど、その影響を軽視しがちだが、社会の関心も高く、いつまでもその影響を引きずり、根ほり葉ほり報じられる。その際、少しでも疑惑があると、何だかんだと後々まで尾を引くことになる。
では自分で殺すか……。それこそナンセンスだ。男性を殺す計画性、それは毒殺であっても大変だ。日本の司法なんてチョロいので、逮捕されても有罪にならない自信はある。でも、辺曽間の家にとって、裁判といった表にでること自体が問題で、落第であった。
彼を除くことが如何に大変か……。そう思い知った。
諦めよう……そう思ったとき、彼の弱点をみつけた。
ある日、彼は校舎裏で、女子と抱き合いながら口づけをかわしていた。
別に、恋愛を禁止するようなお堅い学校でもないし、恋人同士のカップルがいても何の不思議もないけれど、私もとある噂を耳にしたことがあった。彼は自ら告白することはないのだけれど、告白されたら断ることもなく、そして必ず肉体関係を求めてくる、と……?
そう、彼を貶める術をみつけたのだ。……女!
美女を宛がって、彼の醜聞を集めるのだ。それには私にとって従順な女の子を選抜するところからはじめる。
お金で雇ってもいいけれど、そういう相手に信をおけない。何にも依拠していないので、簡単に裏切ってしまうからだ。よほど両親が借金を背負って、孝行娘が……というのでない限り、必ず失敗する。
私に心酔していて、それでいて男性をうけいれる準備があって、絶対に裏切らない少女が必要だった。
かつて学校中の人間の、身辺調査はしておいた。当然、それは私にとってどう都合よいか? それを知るためだった。でも、それは積極的に利用する情報としてもつかえるはずだ。
しかし、この北南東高校は公立だけれど、そこそこよい成績を収めないと入学できないこともあり、家庭に問題がある生徒は少ない。本人に問題のある生徒は山のようなのに……。
でも、女を宛がうのは簡単だった。少し情報を与え、煽るだけで彼に告白する女子は現れたから。
彼はそのたびにその子を抱いて、すぐ別れた。
通常、そうやって女の子を喰って、捨てるような男は嫌われる。
でも彼はちがった。
そういうことをくり返しても、批判する者は皆無だったし、相手の女の子さえ納得した。
むしろ、女の子が納得するから、周りがそれに口をだすこともなく、受け入れるという感じだ。
彼は一体、どんな魔法をつかっているというの? 私の企てなんて、ちっぽけだと言わんばかりに、彼は私を凌駕する。そうして尚まだ物足りない……とさらに課題を突きつける。
私は人を統制する立場の人間だ。それが統制どころか、理解すらできず、軽くあしらわれるなんて……。
屈辱――なんて言葉じゃ足りない。如何にしてこの汚辱を拭うか? そうでないと私は前にすすめない。
私は意を決した。辺曽間の家の者としては異例だけれど、虎穴に入らずんば……である。虎児を得るつもりはないけれど、私に矜持を満たすことができない。彼の懐に飛びこんでみることにした。
鬼がでるか? 蛇がでるか……?
私は嫌悪に充ちた相手であるにも関わらず、満面の笑みを浮かべて、媚びるように「籟之目君!」と声をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます