第7話 エンタングルメント 2.色を食む

     2.色を食む


 もう一人が、恋人と別れた。

 理由は知らないし、聞きたいとも思わない。でも厭な別れではなく、さばさばしており、別れた相手ともふつうに話をしているようだ。

 でも、私は物足りなくなった。

 自分ですることに満足できなくなった。そして、私も感覚だけではなく、直接してみたい……と考えるようになった。

「籟之目君」

 もう一人の恋人だった人に、私は声をかけていた。彼の噂は色々と聞いていた。

 女たらし……。女の敵……。

 そんな相手にどうして惹かれた? それが気になったし、そのときの私はその気になっていた。


「双子とは聞いていたが、顎のシャープさがちがうな」

 彼は私をちらりと見るなり、もう一人との違いを的確に指摘してきた。こんな人は初めてだ。多くは「似ている」や「見分けがつかない」と、耳障りにして、耳馴れた言葉を吐くのに……。

「ちがいなんて分かるの?」

「分かるさ。もし違いが分からない、というなら、それは観察力の問題だよ。物理にしろ、観察力の劣った人間には何の発見もできないのさ。

 それに、人間の遺伝子は生きている限り、変異をつづけるものだ。その変異はランダムで、双子でも同じじゃない。十数年も生きたなら、君たちの遺伝子にも差は生じているはずだ」


 不思議な人――。

 私は〝かわいい〟との自負もある。これまで何人から告白されたか……。それでも断ってきたのは、単に気乗りしなかった……、もしくは自分を安売りするつもりもなかったから。

 双子のもう一人を墜としたなら、もう一人も……そう考えそうなものだ。可愛い子を、そのチャンスがあるのなら墜としたくなるものでしょう?

 でもそういう素振り、雰囲気はまったくない。

 こんな噂も耳にする。彼は告白されたら断ることなく受け入れるが、自分から動くことはない……と。

 私をみて、何とも思わないのだろうか? もう一人とは愛し合ったのに……。


「ねぇ、私と……してみない?」

 私は自分の口からでた言葉に、自分でも驚いていた。でも、身体の疼き、彼としたら……奥深くから湧き上がるそんな欲望が、私にそう訊ねさせていた。

「生憎と、ボクは恋人以外に興味ない」

 勿体ないオバケがでそう……。

 でも「恋人なら、いいわけでしょう?」

 私はそういって、甘えたように彼に品をつくってみせた。


 満足した……。

 感覚だけを共有していたころの、何万倍もいい……。実際にこすれる感覚も、奥へと当たる感覚も……。

 何回戦もこなしたから、じわっと下半身が痺れたようになって、足腰が立ちそうもない……。

 彼はほとんど疲れた様子もなく、そこに横たわる。私は這い上がるようにして、彼の身体に自分のそれを重ねると、何度も求めあった唇に、自分のそれを重ね、彼の唾液すら舐めとろうとする。

「本当にするって……、こんな気持ちいいんだね」

 とろんとした脳みそで、そうつぶやいた私に彼が喰いついた。もう何度も食われた後だけれど、話に……である。

「本当にする……? 自慰か?」

「そうじゃない。う~ん……、言いにくいけれど、双子のもう一人と、あなたがしているとき、私にもその感覚が……感触が伝わってきたの。愛するときの、その気持ちよさとか……」


「双子による共感覚? みたいなものよ」

「それは興味深いね」

 彼はにやりと笑ってみせた。

「共感覚ではなく、それは量子もつれだよ」

「量子……何?」

「量子もつれ。局所的な多体間の相関、のことだ。よく知られた話では、相関状態にある電子の一方を観測すると、もう一方の電子の情報が確定する……というものがあるだろ?

 エネルギーの変化がない系だと、互いの情報は保全され、そしてもつれたままで、情報を共有する」


 彼は雄弁と、そう語った。

「共有……? だから私たちは、エッチの感覚を共有するの?」

「少しちがう。情報の共有といっても、量子的なそれはスピンといった、ミクロな粒子における情報だ。記憶や感覚といった、マクロの事象については別の考察を必要とする。

 感覚というのは、むしろ一つ一つの微粒子の総体だ。そこに生じる電気信号……と言い換えてもいい。

 君たちは生まれたとき……、一度受精卵となった後分離し、そのときの情報を保全していた。そしてそれはエネルギーの増減もなく、保存則に従って、分離したときのままだった。これまでは……」

「これまで……は?」

「本来、年齢が上がる間にエネルギーの増減があり、情報の保全がなくなった段階で体験すること。それを少女の間に体験……、つまり保全した状態で体験したことが、官能を共有した理由さ。

 でも、すぐになくなるさ。だって、互いにエネルギーの増減があっただろう?」

 エネルギーの増減……。私たちは彼と、それをした。たくさんの〝愛〟というエネルギーを……。

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