泥酔した美少女をお持ち帰りしたら懐かれた件

ナツノヒ

プロローグ

第1話 お持ち帰り

 「うわ……」

  新学期を迎え、大学二年生になった最上 悠(もがみ はるか)は、バイト帰りの夜の公園で目にした光景に思わず引き気味の声を漏らした。

 ——ベンチに、一人の女性が横たわっている。

 その頭上に並べられた数本の缶からして、酒の仕業であることは明らか。

 都会の夜であればこういったことは日常茶飯事かもしれないが、そもそもここは閑静な住宅街に佇む町営の公園で、たまに小さな子供が遊ぶくらいの静かな場所だ。

 そのギャップも相まって、地方の田舎出身である悠は驚いて声も出ない。

 女性は背もたれ側を向いていて顔は見えないが——オフショルのシャツにショートパンツと、露出が多く春の夜寒には些か心許ない服装だった。

 このままでは風邪をひいても文句は言えない。

 いや、そんなことより……

 「危ないよな」

 いっそ財布からお金を盗まれるくらいならかわいいものだ。しかし女性である以上、この状況で危険なのは少なくとも財布ではない。

 酩酊して正常な判断が出来ない女性が襲われる……なんてことはよくある話なのだ。

 (面倒だけど、起こした方がいいか……)

 放っておくことも出来るが、どうせこのまま家に帰ってもグルグルと彼女のことを心配するだけだ。

 悠は自前の世話焼きに半ば呆れてため息を吐きながら、ベンチの方へと歩き出した。

 「あの」

 目の前にやってきて声をかけてみるも——女性はピクリともしない。

 「あの!」

 「んんっ……」

 それではと少し声を張ってみると、彼女は少し苦しそうな声を漏らした。

 それと同時に寝返りを打ったおかげで、彼女の顔が明らかとなる。

 ——瞼を閉じたまま、若干眉を顰めている。

  完全に悠の方に向き直った頃にはクシャッと乱れた金髪が顔の大部分を覆い隠してしまったが……一瞬で目に焼き付いた、見覚えのある美貌に悠はハッと息を呑んだ。

 そして、思わず声をこぼす。

 「……星月さん?」

 悠が星月と呼んだ彼女。

 それは、悠の学部の同級生だった。 

  悠の所属する学部はこれと言って何の特色もない、どこにでもある普通の経済学部である。

 平均的な偏差値に、何ら変哲もないカリキュラム。

 しかし、その学部棟がいつもガヤガヤと賑やかなことで有名だった。

 経済学部にもともと元気のいい学生が多いというのもあるだろうが……それだけでは説明がつかないほどに、他の学部から多くの学生が出入りしているのだ。

 そして、その原因こそが彼女——星月 乃亜(ほしづき のあ)。

 ツヤのある淡金色の髪と、ミルクのように白く滑らかな肌。髪色と服装の雰囲気からは派手目な印象を受けるが、端正でありながらどこかあどけなさを湛えた顔立ちゆえにギャルっぽさはなく、むしろ可憐というイメージだ。

 そんな抜群な容姿に加え、物腰が柔らかく誰にでも優しいため入学時から学部の人気者だった彼女だが、去年の学園祭のミスコンにて満票でグランプリに輝いたことを皮切りに、他の学部から野次馬が押し寄せるようになったのだ。

 (星月さんが、こんなところで一人で酒を……?)

 そんな乃亜の姿を知っているからこそ悠は疑問に思う。同性か異性かに関わらず、いつも誰かしらに囲まれている印象があったからだ。

 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 悠は少し気が引けたが、乃亜の肩に手を置いて軽くゆすった。

 「んん……なぁに?」

 閉じた瞼をピクピクさせながら、間の抜けた声が返ってきた。

 「こんなところで寝てると危ないだろ。帰った方がいい」

 「やだ」

 駄々をこねる子供のような返答に、悠はムッと眉根を寄せた。 

 悠は一度ハァっと息を吐いて小さな苛立ちを逃してから、再び口を開く。

 「ならせめて、カラオケとか漫喫とか」

 「おかねないもん」

 「……それなのに飲んだのか」

  改めて乃亜の頭上へと視線をやると、そこには九パーセントと書かれた缶が四つ。そのうちの一缶が半分ほど残っていることからも、もう既に限界であることが分かる。

 「一人でしんどいなら途中まで送ってくから」

 「いらない……帰らない」

 弱々しくも情緒的な声に、悠は黙ってしまう。

 頑なに身を丸く縮込めた様子からは、先ほどまでのわがまま一辺倒の駄々ではなく、何かいじらしさのようなものを感じた。

 ——何か、家で嫌なことでもあったのだろうか。

 否応なくそう推察出来てしまい、悠は呆然と立ち尽くして乃亜を見下ろすばかりだった。

 正直、このまま置いていってしまうのが最も理性的な選択肢だ。後に乃亜の安否を気にするくらいで、それ以上に余計なリスクを背負い込むことはないのだから。

 自分には関係ない……。

 と、乃亜の目尻から垂れ落ちていく涙を見ていなければ、あるいはそう考えていたかもしれない。

 「じゃ、じゃあ」

 事情があって家に帰りたくない。どこかに宿泊するお金もない。そうは言っても、誰かにお金を貸せるほど悠の家計に余裕はない。

 けれど、このまま放っておくのはあまりに忍びない。

 ——そんな中で、悠が取れる後悔のない選択肢はたった一つだった。

 「うち、来るか……?」

 言ってしまった。

 というより、出てしまっていた。

 自分が後悔しないための選択とは言え、それが自分にとってあまりに危険なものだと悠は分かっている。 もし乃亜に今夜の記憶が残らなければ、彼女が目覚めた時に問答無用で通報されることだってあり得るのだから。

 それでも、行き場のない子供のような彼女をここで一人にしておきたくなかった。何か……嫌な予感がしたのだ。    

 悠は自分が何を口走ったのかをようやく自覚し、額から嫌な汗が伝ってくるのを感じた。

 背徳感で鼓動がバクバクと加速していく。

 聞こえてませんように……断ってくれますように……。

 自分で言っておいて、そんなことを願ってしまう。

 しかし、そんな一抹の希望も虚しかった。


 ——乃亜はコクっと小さく首肯した。



 公園から乃亜の肩を支えるようにして歩くこと五分。悠の住むアパートに到着した。

 乃亜はギリギリ足を動かしてくれているかどうかという感じで、ほとんど彼女の全体重を抱えていたために悠はヘトヘトだった。

 さらに、ほんのりと甘いシャンプーの香りとアルコールの匂いが交互に鼻を刺してくるせいで少し目眩がした。

 早くシャワーを浴びて寝てしまいたい一心で、ドアの鍵を開けて中へ入る。 

 悠の家の間取りは1Kで居室は八畳。いかにも大学生の一人暮らしといった部屋だが、家具は必要最低限であるため、ソファなどの気の利いた家具はない。

 そのため、一旦乃亜をベッドの上に座らせた。

 「布団敷くからちょっと待ってて」

 乃亜が『う~ん』と薄く開いた目を擦りながら答える。

 悠は物入れの奥の方にしまっていた敷布団を取り出す。ベッドに寝かせてもいいのだが、例え酔っ払いでも男が毎日使っているベッドを使うのは嫌だろうと思ったのだ。

 実家の父が念のためと言って送ってきてくれた敷布団だが、この一年間で使ったことはないため新品同様。それをテーブルをどかして部屋の真ん中に敷く。

 「星月さん、お待た……せ」

 ベッドの方を振り返ると、乃亜は力尽きてしまったのかベッドに身を預けていた。

 スゥスゥ——と、可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 「こうやって見ると……やっぱかわいいな」

 長いまつげに、小ぶりで綺麗な鼻と唇。

 普段はそもそも住む世界が違うと、乃亜を一歩引いた目で見ていた悠。しかし、いざ目の前にしてみると、やはり評判通りの美少女であることを認めざるを得なかった。

 やっぱり連れ帰って来てよかったと、自分のリスキーな判断をほんの少し正当化した。

  起こす気にもなれなかったため、悠はそっと乃亜に毛布をかける。

 そして、レジ袋に入れて持ち帰ってきた空き缶を捨てようとしてキッチンの方へ向かうのだが……ゴミ箱を開きかけて、やめた。

 (少しは役に立つかもしれないしな……)

 そう思い、缶をゴミ箱の前に出しっぱなしにして洗面所へ向かう。

 サッとシャワーを済ませると、居室へ戻って消灯した。

 終日に亘るバイトに、酔っ払いの美少女を持ち帰ってしまうというとんでもないイレギュラーが重なり、疲労困憊となった体は力を抜けばすぐ重力への抵抗を失くした。

 悠は倒れこむように布団に横たわり、目をつぶった。

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