第23話【暗闇と戦闘と、ピッチングマシーン】



《サツキ視点》



 なにも見えないな。


 私の目の前には、ただただ、闇がある。

 一瞬の浮遊感ののち、すぐ下の部屋へと落下したらしい。

 空気の流れからして、だいたい学校の教室位の広さかな。


「どうしたの? せっかく罠にかけたのに、攻撃してこないの?」


「……へぇ。驚かないだね……お姉ちゃん」


 声のしたほうにキックを放ったが、手ごたえがない。

 避けられたか。

 妙なのは、どっちに避けたかわからなかったことだ。

 それだけで、普通に脚を動かしたのではないのが理解できた。


 特殊な歩行技術か、それとも……。


「刺客だってバレてたんなら……あんな演技して損した……」


「それは悪かったわね」


 後ろからなにかが飛んできた。


 かるくかわして避けると、壁にぶつかる音が聞こえた。

 反響音からして、ドッジボールの弾かなにかかな?

 小手調べだとしても、私を侮りすぎてないかしら。


「でも……だとしたら、この部屋に落ちるとき……抵抗しなかったのは……どうして?」


「リュウくんを巻き込みたくなかっただけよ。さすがに、小さな女の子相手じゃ絶対手加減しちゃうだろうから」


「そう……でも、その選択だけは間違いだったね……。上のおにーさん、今頃は最後の四天王にやられてるよ……」


 その発言に、はぁとため息が出る。


「あなたもリュウくんを弱いと思ってるクチ? リュウくんの良さをわかってるのは、私だけでいいとは思うけど。あんまり理解されなさすぎるのも、けっこう嫌な気分になるわね」


「そっちこそ……四天王っていう肩書きを……あんまり軽く見ないで欲しい……」


 わずかに殺気が籠ったところをめがけて、右ストレートをお見舞いしてみる。

 またも空振り。


 ああ、もう。さすがになにも見えないなかじゃ、間合いが取りづらいな。

 とはいえさすがにおかしい。

 今までいろんな戦闘技術を持つ相手と対したことがあるけど、ここまで不自然に避けられたことはない。なにかカラクリがあるな、これ。


「今更だけど……名乗っておく……〖強神会きょうしんかい〗四天王『機神きしんのツバサ』……」


「そう。私は、吉良桜皐月。ただの女子高生よ。よろしくね」


 またなにかが飛んできた。

 今度のはさっきよりスピードが速く、大きさも小ぶりだ。

 野球ボールかなにかだろうか。 まあ、かわすことはわけないけど。


「そうなると、上にいるのは『不動明王ふどうみょうおうのオウマ』かしら」


「……意外。こっちの情報……ちゃんと持ってたんだ」


「さすがに、一番有名だからね。表舞台で活躍してる格闘家くらい、ちゃんとチェックしてるわよ」


「……ふふ。なら、さすがに理解できたよね……上のおにーさんがどうなったか」


「ええ。だとわかって、心の底から安心したわ」


 挑発に対して、さっきよりも明確にわかりやすく殺気が膨れ上がった。


 距離を詰めて、パンチ、からの、

 周辺一帯へ向けた回し蹴りをお見舞いする。


 チッ、とかすかに足がなにかに触れた。


「……ッ!」


 焦りが籠った声が聞こえた。


 かと思った直後、カウンターで何らかの攻撃がきた。

 首を振ってかわすが、更に何かが飛来して襲い掛かってくる。


「あれ?」


 ひらりとステップを踏んで攻撃を回避しつつ、妙なことに気が付いた。

 殺気の発せられる位置と、何かが飛んでくる位置がバラバラなのだ。


 これはおそらく、一撃目は実際にあの子が動いてパンチを繰り出し。

 続いた飛来物による攻撃は、ピッチングマシーンのようななんらかの機械的なものを使ったのだろう。


 さすがに少しやりにくいが、わかってしまえばどうということはない。


 壁際まで歩み寄り、実際に手で触れてみると予想通りピッチングマシーンらしき機械の感触があった。


 と、そこでバチリという音と共に目の前が一瞬光り、電気が指先に走った。


「……やめたほうがいいよ……。気絶してもおかしくないくらいの電流だから……」


 なるほど。

 気づかれたときの対策も万全、か。


 うまくやれば、あかりとして利用できそうだけど。

 面倒だし、そんな野暮なことするまでもないかな。


「ふふ、さながら電流デスマッチというわけね。久しぶりでちょっと気分アガってきたかも」


「…………初めてじゃないんだ。こっちで仕掛けといてなんだけど……さすがにドン引き……」


「そう言わないでよ。こんな風に試合をするのは、久しぶりなんだもの」


「……試合? ああ、そっか。その程度の認識なんだ……。というか、これまでのどんな刺客との戦いも……お姉ちゃんにとっては……おままごとみたいなものだったんだね。ヒミコおねーちゃんが……泣いちゃいそう」


 なんだかぶつぶつとつぶやいているが、依然として相手のいる方向はわからない。


 とりあえずここからは、肝心のあの子自身のカラクリについて考えないとね。


 最初に手を繋いだときにわかったけれど。

 あの子の手は、多少は鍛えていそうだとはわかったけれど。それでも年相応の子供らしい、かよわい手だった。


 全身の筋肉のつき方も、凡人より少し上という程度。

 仮にドーピングでどうこうしたとしても、たかがしれている。

 とても私の攻撃を回避できるほどの強者のレベルとは思えない。


 となるとなにか、機械かなにかの補助を受けている……ってところかな?


 そうして少し思考に没頭していると、

 暗闇を裂いてまたなにかが飛来してきた。


 しかも今度は何十ものボールが、一斉にかなり速いスピードで四方八方から飛んできたのでわずかに避けるのが遅れてしまった。

 おかげで私の胸元にある、リュウくんから貰ったブローチを掠めてしまうところだった。


「っと、あぶないあぶない」


「ふふ……どうしたの? 今のラッシュにはさすがに……身の危険を感じた……?」


「まあ、そうね」


 実際危なかった。

 もしブローチに傷のひとつでもつけようものなら、子供といえど容赦なく八つ裂きにしちゃうところだったもの。


 とはいえ、おかげで理解できた。

 さっきの怒涛の攻撃のなかで、あの子のほうに動いた気配はなかった。

 となると、動かずに身を潜めていたことになる。

 

 つまり、強力な磁石かなにかの力で、天井あたりにへばりついているといったところだろう。

 自身の攻撃も、その磁力をうまく利用して加速させたってところかな?


 まあ、予想が合ってるにしろ、外れているにしろ。

 どっちでもいいことだ。


 もう少し楽しみたい気もしたけど。

 これ以上リュウくんを待たせるのも何だし、そろそろ片をつけるかな。


「さて。それじゃ、ちょこっとだけ本気を出してあげようかな」





「はあ、はあ」


 俺は、膝をつき肩で呼吸することを余儀なくされていた。

 それほどに、体力が疲弊してしまっている。


 周囲の鏡もほとんどバラバラのバキバキに壊れており、これは修理が大変だろう。

 職員さん、ご愁傷様です。弁償代は、全部目の前のこの男に請求してください。


 しかし。

 そんな代償の成果としてついに、空手着の男は床に倒れ伏していた。


「見事だ。まさか、吉良桜の連れの小僧ごときに敗北するとは、な。甘く見ていたことを謝罪せねば、ならんか……」


「こっちこそ、甘く見て悪かったよ。あんたの技、どれも凄かったからな。特に最後の『風神魔鋼掌ふうじんまこうしょう』にはかなり肝を冷やしたよ。こっちのカウンターが決まったのは、運が良かったからさ」


「ふ、その奥義を破り、涼しい顔で褒められても、なにも嬉しくはないな」


「いやいや『瞑常拳めいじょうけん』や『瞬裂脚しゅんれつきゃく』が、奥義でもなんでもない普通の技だとわかった時、五体満足で帰れない覚悟をしたくらいだよ」


 思い返しても、かなり凄い技の数々だった。

 天をつき、地を裂くほどの、修羅のごとき猛攻。

 俺以外、誰の目にも触れることがなかったのが、とても残念でならないくらいだ。


「それでも無事に勝てたのは……守るものがあったからだよ」


「ははは、そんな臭い台詞を堂々とほざくとはな。若いのう」


「わ、悪かったな。事実なんだから、別にいいだろ」


 そんなやり取りをしていたところへ、

 床の鏡のひとつが開き、サツキが姿を現した。


 そしてその肩には、さっきの女の子が背負われている。

 なぜかパンダの着ぐるみを着て、気を失っているようだった。


「あ、そっちも終わったみたいだね」


「サツキ! 大丈夫だったか? ケガしてないか」


「へーきへーき、ちょっとこの子と遊んでただけよ」


 サツキに駆け寄ってみると、確かに彼女のほうは汗ひとつかいていない。

 まあ、相手はこの女の子だけだったみたいだし。少し足止めされていただけなのだろう。


「まあ、無事でよかった。これ以上デートの邪魔をされちゃたまらないからな」


「そうだね。それじゃ、いこっか」


 そうしてサツキは着ぐるみの女の子を横たえ、にこりと笑みを浮かべる。

 やはりこの笑顔を見るだけで、さっきまでの戦いの疲れなどフッ飛んでしまうな。


「待て。我らを放っていく気か?」


 そんななか。

 空手着の男がこちらに声をかけてくる。


「我らは確かに負けたが、まだ勝負を捨ててはおらん。腕や脚の骨一本すら折らずに放置すれば、更に力をつけたのちに、お主らの前に現れるかもしれんぞ」


 そんな発言に、俺とサツキはキョトンとした顔で互いに目を見合わせる。

 俺は空手着の男に近づき、俺なりの答えを返しておく。


「そうは言ってもな。骨を折るなんて正直ゾッとしないし。少なくともちゃんとした拳と拳の勝負なら、いつでも受けてたつさ。あ、でもさすがにこれからはちゃんと果たし状とかを送った上で挑んで来てくれよな。またデートの邪魔をしたら、さすがに怒るからな」


 そう釘をさしておいたのち、俺はサツキの手をとり。


 いざ目的の観覧車へと向かうのだった。

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