第14話【ご都合主義とワカメサラダ】8
「本当にそれだけで良かったの?」
市場の外。
併設されたベンチに席を取ると、汐海はテーブルに肘を乗せ、手の甲で顎を固定。
不満そうにそう言った。
「エビの串焼き、美味いじゃん」
「海鮮丼とかもあったよ? エビも入ってたみたいだし」
「いや、平気。そんなに腹減ってないし」
どうやら俺がエビの串焼きを選んだことをまだ気にしているようだ。
いや、何度でも言うけどワカメサラダよりマシだろう。
コンビニ飯だぞ? 美味いけどさ。
「ならいいけど」
汐海は俺がエビの殻を剥いているのを眺めながらそう言う。
しかし……俺だけ食べるのも、なんか居心地が悪いな……。
「汐海は何も食べなくて良かったの?」
「私は会食で沢山食べたから」
「ふーん。会食ねぇ……俺が住む世界とは無縁の代物だなぁ」
汐海といい、陸斗といい大変そうだ。
あ、白鳥もそうか。
っていうか俺の周り、そんなのばっかだ。
「別にいいものでもないよ。ただ面倒臭いだけ」
「そうなの? まぁ、なんとなく大変っていうのはイメージできるけど」
「うん。滅茶苦茶大変。とは言っても今日は汐海と星波だけだったから、ただの食事会って感じだったけどね」
「でも、その格好だろ? 肩こりそう」
「いつもは違うよ。普段はもっとラフ。今日はお姉ちゃんの悪ノリだね」
汐海は自分の格好を見て、ため息をつく。
不本意というのが目に見えて分かった。
「あ、でも、今日は色々な意味で陸斗が大変そうだったかな」
会食での光景を思い出しているのか、小さく笑みを浮かべる汐海。
「陸斗がね、お姉ちゃんとかお父さんに絡まれてさ、お酒は飲めない代わりにって、いつも以上に食べさせられてね。苦しそうだった」
陸斗が大人に囲まれて苦しんでいるところを想像する。
そういうの断れなさそうだし、大人からしてみてば良いおもちゃだろうなぁ……。
ざまぁみろ!
「これで酒が飲める年齢になったら、もっと大変そうだな」
「うん。都会だとそういうのって敏感なんだろうけど、澄凪は離島でそういう、なんちゃらハラスメントっていうのはないからね。吐くまで飲んでみよう! とかありそうで怖いよ」
「庶民で良かったわ。そういうの無いし」
「……ふーん」
「なんだよ」
何故かニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる汐海。
なんだ……?
「私と結婚したら、当事者になるんだけど?」
「…………はい?」
突然、ノーモーションでぶん殴られた。
理解できなかった。
まさか汐海がそんなことを言うなんて……。
「だってそうでしょ? 私の掲げる理想の人の条件忘れたの?」
――汐海の理想。
忘れるわけがない。
1.高身長。
2.高収入。
3.より良い容姿。
4.包容力。
5.優れたスペック。
6.婿入り。
なるほど、そういうことか。
恐らく汐海の言葉の意図は……。
「汐海の家の人になるから?」
6番。婿入りのことを言っているのだろう。
確かに考えてみればそうだ。
っていうか、婿入りしなくても、汐海と結婚すれば汐海家と繋がりができる訳で……。
まぁ、結婚できれば……の話だけどな。
なんか自分で言ってて……なんか悲しくなってきた。
嫌な現実を見た気分だ。
「正解っ! 八木は私と結婚する気がないんだなぁ~」
楽しそうに言う汐海。
あー、もう! 一々可愛いな!
「結婚する気があるって言ったらどうなるんだ?」
「んー、お断り! たった一度の恋だからね。相手は選ぶよ」
「だよなぁ~。むしろここで結婚を申し込まれても、こっちが困惑するわ」
と言いながらも、どこか期待してしまう。
それは果たして愚者のすることだろうか。
否! 誰しもがそうだろう。
「だよね。……でも実際、私が好きになる人ってどんな人なんだろうなぁ」
何気に小ダメージ。
倒れるほどではないが、チクチクと心に刺さる。
「それ、俺に言う?」
「だって今、八木しかいないし」
「片思い中の男子に残酷なことしないでもらえます?」
「ごめん、ごめん。でもさ、恋って一体何なんだろうね」
「それ、まだ悩んでたんだな」
「……うん。私には難しいよ」
コクンと頷き、フッと顔に影を作る汐海。
どうも、この話題は汐海にとって、とても大きなことのようだ。
「クラスの女の子がさ、陸斗が格好良いって言ってるのが聞こえてさ。理想の彼氏像だよねって」
「うん」
正直、認めたくないが……事実は事実だ。
整った顔をしているし、身長だって平均より上。
勉強だってできるし、家柄だって申し分ない。
性格も……少し質悪いけど……まぁ、良い奴なのは変わりない。
気に食わないけどな!
「でも、そんな気になったことが無いというか……やっぱり姉弟って感じが強いんだよね」
ざまぁ!
これが幼馴染の弊害だ!
最大のライバル撃沈!
……と、そんなこと一瞬思ったけど、陸斗に限って俺を裏切るような事をしないのを知っている。
思えば、俺が陸斗に嫉妬したことは一度も無い。
恥ずかしいことを思っているようだけど、これが友達ってことなのだろう。
「……八木は私のどこが気に入ったの?」
「ん?」
「いや、ちょっと参考にしようかな……なんて」
「えーと。さっきから思ってたことなんだけど……アナタは悪魔ですか?」
何が悲しくて汐海に片思い中の俺が、汐海の理想の相手探しのアドバイスをしなくてはいけないのか。
俺ではない誰かを好きになる手助けをする?
うん。間違いない。汐海は悪魔です。
「え? なんで?」
キョトンとした表情。そしてコテンと傾げる首。
ほら、自覚なし。
可愛いけど、やっぱり悪魔だ。
自覚のない悪は真の悪だと相場が決まっているんだよなぁ。
「俺の話を聞いて、汐海はどうするつもりなの?」
「私の理想に引っかかる人を見つけ出して好きになる」
「その好きになる人が俺になる可能性は?」
「無し」
「ほら、悪魔じゃん」
「…………あ」
やっと気付いたのか、ハッとした表情を浮かべる汐海。
「……ごめん」
「別にいいよ。ダメージは受けたけどな。……でも、好きって感情が難しいっていうのは、正直同感だ」
俺は初めて汐海に相談された日の夜のことを思い返す。
突如湧いて出た疑問。
――俺は汐海のことが本当に好きなのか?
俺の悪癖。
普段は何も考えないけど、そのモードに入ると、つい考え込んでしまうのだ。
まぁ、今の考えはシンプルだけどな。
汐海のことが好き? 当たり前じゃねーか。
「八木も悩んでるの?」
「あ、いや。今は別にって感じだけど」
「……そっか。いいなぁ」
心底羨ましそうな声。
本当に悩んでるんだなぁ。
でも、俺にできることなんて限られている。
だから――。
「ま、そういうのはいずれ分かるだろ。時間の問題だ、時間の問題。それより――さっさと海浜公園の方に行こうぜ。ベンチも混んできて、座れない人も出てくるだろうし」
「あ、うん。そうだね」
俺達はベンチから立ち上がる。
汐海の恋への理解。
それが今後どうなるのかは分からないけど、唯一思うこと。
それは……汐海が俺を選んでくれないかな。
ただそれだけだった。
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