第2話

 頭の中で、ぐるりとよく考えてみる。

今日は、ドットが城にいない。

二人の兄と共に、遠征に出掛けてしまった。

国境の見回りに行くのを、どうしても気にかかるところがあるとかで、数日城を空けるらしい。

昨日の朝早くに出発したから、もう遠くへ行ってしまっている。

何かあっても、すぐには戻って来られないだろう。


「……。お城の中だけならいいわ」


「あぁ。少しでもお前を、部屋の外に出してやるよ」


 そう言うとカラスは、私の肩にちょこんと飛び乗った。

翼が顔に当たって、なんだか少しくすぐったい。


「俺は先に東の庭園に回っておく。そこに、王族専用の庭園があるだろう」


「小さな噴水のあるところ?」


「そうだ。そこの東屋で待っている」


 とまった肩を蹴って、カラスは窓から飛び去った。

待ってるって言われても、私は本来なら、ずっとここに閉じこもっていないといけないんだけど……。


 仕方なく、分厚い木の扉を叩く。

内側からしか開けられないようにしてもらった連絡用の小窓を開けると、すぐに兵士が顔を覗かせた。


「いかがなさいましたか、ウィンフレッドさま」


「ねぇ。少し散歩がしたいの。ちょっとだけ外に出てもいいかしら」


 彼らは顔を見合わせると、少し困ったような表情を見せた。


「しかし、それはドットさまの許可がないことには……」


「少しだけよ。お城からは絶対に出ないわ」


「で、ですが、それは……」


「いいから! 早く開けてちょうだい」


 私に強く言い切られては、彼らはもう逆らえない。

しぶしぶ扉を開けた兵士たちに、背中を反らし、ふんぞり返って態度は大きく出していても、心の中では謝っておく。

無茶を言ってごめんなさい。


「あなたたちは、このまま部屋の警備を続けていてね」


「か、かしこまりました」


 カイルが待っている。

急いで行きたいけど、あまり急いでは怪しまれるから、フンと鼻を鳴らしツンと上を向いて、腰に手を当てたまま怒ったフリして階段を下りる。

ドットが戻って来たら、叱られるかな。

だけど私には、どうしてもカイルが悪い人には見えない。

私はそれを、ただ自分自身で確かめたいだけ。


 一人で塔の長い階段を下りると、城の中へ入る。

よくよく考えてみれば、こうやって一人で歩くのも久しぶり。

城内一階の、吹き抜けになっている廊下を歩く。

円柱の並ぶその廊下の段差下は、芝の生えた通路のような庭になっていた。

すれ違う侍女たちが、私の姿を見るなり悲鳴を上げ、慌てて頭を下げる。

ま、塔から抜け出したのがバレるのも、時間の問題か。


「ごきげんよう。気晴らしのために、少し出てきたの」


「はい。ごきげんよろしゅうございます。ウィンフレッドさま!」


 外はどんよりと曇った霧雨模様だ。

正直、雨よけのケープも羽織っていないのに、外になんか出たくない。

濡れるのは避けたいけど、人目が少ない今がチャンスといえば、絶好のチャンスだ。

私は意を決すると、霧雨の中、外へ飛び出した。

廊下から下庭への段差を飛び越えると、城壁に沿って走る。

たっぷりと雨を含んだ芝から水が跳ね、ブーツもスカートの裾もびしょびしょに濡れてしまっているけど、気にしてなんていられない。

しばらく走ると、四角く刈られた背の高い常緑樹の生け垣が見えた。

その角を曲がると、今はほとんど人の訪れることのない古い庭がある。

カイルの待っている東屋は、その中央にあった。


 普段は閉じられているはずの細い鉄格子に触れると、鍵が開いていた。

錆びついた扉をわずかに開き、素早く中に入る。

丸い屋根のついた噴水と東屋は、もう目の前だ。


「カイル!」


「なんだ。服が濡れているじゃないか」


 カラスのカイルは、もう動かなくなった噴水の縁にとまっていた。

屋根はそれをすっぽり覆うようにして、取り付けられている。


「雨の日に呼び出したりするからじゃない」


「濡れたままでは風邪を引く」


 彼はカラスのまま、クイとくちばしを上下に揺らした。

魔法で風を沸き起こし、干上がった噴水の中に落ちていた枯れ葉を一カ所に集めると、そこに火を付けた。


「これくらいでも、ないよりはましだろう」


「カイルも魔法が使えるのね」


「魔法使いの弟子だからな。ここの宮廷魔法師くらいのレベルなら問題ない」


 火はカイルの魔法によって調整されているのか、時間をかけてゆっくりと燃えている。

確かにこの城には国内外から集められた優秀な魔法師が沢山いるけど、カイルのように人からカラスに姿を変えたうえに、変わらず魔法まで使える者はいない。

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