第3話

 指を指され、ヒソヒソと話す声に揉まれながら歩くうちに、噴水のある大きな広場が見えてきた。

 この広場を通過すれば納品先の八百屋だ。


 ベンチがあり、旅人向けの出店が出ているこの広場は、先ほどよりも人が多い。

 大きな荷物。褐色の肌や人間離れした四本の腕。

 同じメレス王国の人間だけでなく、隣国からの旅人の姿も確認できる。


 私が住むメレス王国は四本腕を持つ種族が住むアキデウス王国と、褐色の肌を持つ種族が住むレチカシア王国に挟まれている。

 航海技術に長けているレチカシア王国だが、崖を領土とするアキデウス王国には上陸できないらしい。

 そのため、通過点であるメレス王国ではどちらの種族の姿もよく見かける。


「なんだありゃ」

「あの姉ちゃん荷車の使い方間違えてないか」

「私、腕全部使ってもあれはできないかも」

「おい、デカい声で話したから睨まれたぞ」

 他国の人間も見慣れない訳ではないが、他国の人間も町の人間同様ざわめき立つのだから、嫌でも視線を送ってしまう。決して睨んではいない。


 やっと広場の半分、噴水の前まで来た。

 距離で考えれば辛くない距離なのだが、荷車の重さや歩きにくさ、好奇の眼差しなどが複雑に絡まり、心身共に普段とは比べ物にならない程疲れた。

 今日はよく眠れるだろう。


 褐色の肌をした旅人達が噴水近くのベンチ二つに座り、談笑しているのが座っているのが見えた。

 肌の色と大きな宝石の付く装飾品、派手な色に染めた衣服から考えるに、レチカシア王国の者――それも金持ちの部類――だろう。


 旅人達の中でも1番背が高く、笑顔で話をしていた長髪の男と目が合う。

 男は目を見開きこちらを凝視すると、飛び上がるように立ち上がった。


「素晴らしい! 素晴らしい力だ!」

 そう言いながら拍手をし、一つにまとめた銀色の髪を揺らしながらこちらに近づいてくる。


 思わず立ち止まった私の周りをくるくる回るため、再び歩き出すこともできない。

「素晴らしい芸を見せてくれたお礼をせねば!」

 私の背後で男は止まり、作業着のフードに何かを入れる。

 金属のぶつかる音から察するに、銅貨を数枚入れたのだろう。


 レメス王国の大道芸人として彼等の思い出に残るのは嫌だ。

 誤解を解かねば。


「私は大道芸を――」

「ああ、こんな芸を見せて貰ってじっとしてられぬ!」

 私は大道芸を披露しているのではない。

 そう男に言おうと振り向いた瞬間、男は私の背後から離れると、両手を挙げてクルクルとダンスのようなものを踊り出した。

 それを見た男の仲間は待ってましたと言わんばかりに歌や手拍子を始め、私達を見ていた町の住人も、それに倣って手拍子をする。


「ああ素晴らしいメレスの国!」

「喜びと食物の大地、メレス!」

 男はダンスを踊りながらメレス王国を褒め、なぜか私の周りを踊る。

 段々と足を止める人々も増え、巻き込まれた私も完全に見世物の一部になってしまった。

 私は銅像のように立っているだけなのだが、男は時折、私の肩や頭に手を触れポーズを決める。

 私が荷車を下ろしても同様だ。男は私を舞の一部にして踊り続ける。


 さらに、私を見つめポーズを決めることもあり、どう反応すればいいのかわからない。

「どうすればいいんだ」

 ぽつりと呟くが、周囲のざわめきに負けて誰にも届かない。


 男のダンスが終わり、噴水の周りにはは拍手が響き、銅貨が舞う。

 立ち去ることができなかったため、渋々男の舞を見つめていた私も、終わる頃には舞に魅了されていた。


 あまりにも急なことで驚いたが、髪や衣服まで使ったパフォーマンスは美しく、情熱的だった。

 派手な色に染められた服も、ダンスに合っている。ダンスに合わせた服かもしれない。


「ありがとう、素敵なメレスの女性。良き出会いの記念に握手してくれないだろうか」

 男は汗を流しながら右手を私に向ける。

 私も左手を差し出し、握手を交わす。

「できれば名前を聞きたいのだが」

「デルカリア。デルカリア・ヘリトルだ」

「美しい名前だ。私はレチカシア第一舞踊団のジフ」

「レチカシア第一舞踊楽団の方か。素晴らしいダンスだった」


 レチカシア第一舞踊楽団といえば、私のような庶民でも知っている、レチカシア王国お抱えの一流舞踊団だ。

 城内での舞踊はもちろん、他国でも舞踊ショーを開催しており庶民にも人気がある。


「何故荷車を持ち上げる大道芸を?」

「別に大道芸をしようと思った訳ではない。野菜を市場へ運んでいたら荷車が壊れただけだ」

 ああ、と合点がいった様子でジフは荷車に目をやる。

「それは災難だ。ちなみにどれくらいの距離を移動したんだい?」

「そうだな……。この噴水の広場が町の中央にあるから、町の半分と少しだろうか」

 私の答えに、ジフは下を向いて考え事をしているようだった。


「もしかして、体力に自信がある?」

 顔を上げたジフの顔つきは、やけに真剣味を帯びていた。

「人より少しあるくらいだろう。収穫量によっては一日に家と市場を三往復するくらいだから」

「家はどこに」

 やけに質問をしてくる。そんなに面白い話だろうか。

「あの山の中腹くらいだ。そんなに興味が?」

「いや、レチカシアに戻った時、土産話にしようと思って」

「そうか」

 腑に落ちなかったが、そこを追求する必要はないだろう。


「引き止めてすまない。では、また出会えることを女神に祈って」

 そう言い残すと、仲間の方へと走り去っていった。

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