第13話 くちプロレス


「イファ導師は米を食べ物だとは認識していない。見た目が食べ物に見えないというのもあるでしょう」


 たしかに生まれて初めて白米をみたら、ちょっと食べ物だとは思えないだろう。


「ですが、それ以上の理由があると俺は思います」

「それはなんだ? アトム」


 すっと声を潜めた田島にイファが顔を近づける。


「これは異世界の物品です。神が作りたもうたものではありません」


 人差し指を立てた。

 それをみたイファが笑う。

 にやりと。


「良い言霊だな。アトム。私のわだかまりはたった今、魔法の炎の中で焼け消える塵のように消え去ったぞ」

「恐縮です」


 深々と頭を下げる田島だった。





 三十キロも入る土嚢用の袋二つ分もナナツボシをつめてネコ車に乗せ、茜と田島はイファの邸宅を後にした。

 二キロの米が六十キロになったのだから、どんな錬金術だって話である。


「ねえじょーむ、どうしてイファさんは急にできるっていったんだろ?」


 首をかしげる茜。

 できないだろうと言っていたのが、いとも簡単に成功してしまった。

 もちろん感謝しているが、疑問は残ってしまう。


「簡単に言うと、くちプロレスってやつですね」


 田島が笑った。


「ぜんっぜん簡単になってないよ」

「テーブルトークRPGってゲームがあるんですがね。屁理屈でゲームマスターを納得させて希望を通すってプレイのやり方があるんですよ」


 それがくちプロレス。

 あまり推奨されるプレイスタイルではない。ゲームマスターの裁定はルールブックに勝るから、マスターが頷けばその場ではそれがルールになる、というやり方だ。


 つまり田島は、米を複製するのは食べ物を複製することではない、と、イファを納得させたのである。

 食べ物に見えない、この世界のものではないから神の領域とは関係ない、という屁理屈で。


「真理の探究は魔法使いの本分ですからね。異世界の物品を複製するというのは立派な実験です。誰にはばかることもありません」


「あっきれた……屁理屈を並べただけじゃない」

「だからくちプロレスなんですよ。プロレスってのはそもそもショーですからね」


 技をかけられたら受けなくてはならない。ロープに飛ばされたら帰ってこなくてはいけない。相手に見せ場を作ってあげなくてはいけない。

 そうやって、派手な技とパフォーマンスで観客を沸かせるのだ。


 田島は自分の言っていることが屁理屈だと知っていたし、イファは屁理屈だと判った上で乗ったのである。


「ようするに中年と老人の悪だくみってことかあ」

「中年いうなー 俺はまだ四十七だー」


「四十八ね。普通に中高年っていうか初老じゃん」

「泣きますよ? 俺が泣いたら、ちょっと鬱陶しいですよ?」


 鍋で米を炊き、ジーアポットで保存しておいた生肉に塩をふって焼く。

 たったそれだけの夕食。

 なのに、みんな泣きながら食べた。


「ごはん美味しいっすね。姐さん」


 適当な木を削り出して作った箸を使い、肉一口でごはんを四口くらい食べながらアキラが話しかける。


「意識したことなかったけど、やっぱり私って日本人だったんだね」


 白いごはんがこんなに美味しく感じるなんて。

 あとは畳の上で大の字に寝たら、魂の拠り所を再発見できるだろう。


「明日からまたみんなバリバリ働けそうっす」

「だとしたら、今日一日作業が潰れちゃったのも、そう悪いことじゃないかもね」

「ごはん食べて肉を食べたら、もうどこででもやっていける気がするっすよ」


 世の中は肉と米だと冗談を飛ばし、アキラが笑った。


 こんなに明るく笑っているのを見るのは久しぶりだと茜は思う。

 気丈なアキラでもずっとストレスを抱えてきたのだ。


 十代の社員の望郷の念はもっとずっと強いだろう。元ヤクザだから、いつどこで死んでもおかしくないと覚悟を定めていたとしても。


「自活しつつ、帰る方法を探さないとね。また明日から」

「あたしたちは仕事をきっちりやり遂げるっす」


 にやりと笑い合う女性二人。


 その様子を眺め、社員たちは決意を新たにする。

 たとえ自分の命と引き換えにしても女性たちは守らなくては、と。


 あっちでもこっちでも、自分のことより他人様のこと。

 昔気質の元ヤクサ、それが、あしょろ組土木である。




 翌朝、社員たちの顔色はあきらかに良くなっていた。


「食べない、寝ない、で治る病気なんかひとつもないって言葉通りですな」


 元気に作業車へと乗り込む社員たちを眺め、田島がうむうむと頷く。

 日本への帰り方が判らない、という状況は一ミリも動いてないのだが、ソウルフードである米を食べたことで、みんな元気が出た。

 と、田島は考えている。


 しかしそれは間違いだ。

 あしょろ組土木の社員たちは、それほど強く帰還を願っているわけではない。より正確には、茜の影が差さない土地を踏むつもりはないというところだろうか。


 一般人だった田島にはなかなか理解が難しいが、彼らはヤクザ者なのだ。

 しかも悪事を働いて威張っているようなチンピラではない。


 世間様に顔向けできない稼業と知りつつ、町を守るにはドブさらいをする人間も必要だと信じている超昔気質のヤクザだ。

 彼らが元気になったのは、これでまた茜の役に立てると思ったからである。


「今日も頑張ろう!」

『応!!』


 茜の檄に、男たちが声を揃えた。。

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