第64話 父子まとめて…

「デルフィーヌ。カロリーヌが、本当に申し訳なかった」

「いえ。妃殿下を刺激するような発言をしたわたくしにも責任がございます」

「体調はどうだ?」

「パスカルさんのおかげで、順調に回復しています」

「そうか。……少し、散歩しないか?」


 陛下の申し出に、ソフィーとパスカルさんが身体を強張らせた。

 もしかすると、実母によく似た私を側妃に召し上げようとしているのではと警戒したのかもしれない。

 パスカルさんは、女官長マチルダと一緒に双子の王子に付き添っていた人だ。実母マグダレーナが側妃の打診をされていたことを知っていても不思議ではない。


「大丈夫よ。少し、散歩してくるわね」

 2人を安心させるように笑顔でそう告げて、玄関へと向かった。


 陛下は日傘を差した状態で待ってくれていた。

 傷跡は治りつつあるものの、直射日光に当たると色素沈着してしまう恐れがあるのだ。


「私の腕に掴まるといい」

「え?」

息子リシャールが言っていたんでな。『デルフィーヌは、何もないところでもよく転ぶ』と。運動神経は父親ギュスターヴに似なかったようだな」

「陛下……」

「今日は、君の両親について話をしておきたかったんだ」


 陛下は病み上がりの私に歩調を合わせながら、静かに話をし始めた。


◇◇◇

 君の母上マグダレーナは、私の妻・王妃コンスタンスに仕える女官だった。

 艶やかな黒髪に、宝石のような翠色の瞳の持ち主でな。ひと際目を引く外見をしているのに本人はそのことを鼻にかける素振りもなくて、男どもの熱い視線にも気付いていないようだった。

 亡国皇族の末裔だということすら本気に受け取っていないような、そんな飾らない人柄の心の美しい女性だった。君の母上は。


 だからなんだろう。コンスタンスはマグダレーナをとても信頼していたし、時には彼女の前で弱音を吐くこともあったようだった。

 マグダレーナも双子の王子たちリシャールとレオナルドを分け隔てなく大事にしてくれたし、2人もよく彼女に懐いていた。


 あの頃は、家族でよくこの森を散歩していてな。

 私がリシャールを肩車して、コンスタンスがレオナルドの手を引き、斜め後ろにマチルダとパスカルがいて。マグダレーナと私の護衛だったギュスターヴは、いつも少し離れた場所からそんな我々を見守ってくれていた。


 状況が変わってきたのは、双子の息子たちが2歳を迎えるくらいからだった。

 徐々に次の懐妊を望む声が大きくなってきたんだ。

 コンスタンスは周りからのプレッシャーと、自分が第三子を産むことで身体の弱いレオナルドの存在がなきものとして扱われることを危惧するようになっていった。


『レオナルドが蔑ろにされると分かっていて、第三子を産むことはできない。そんな可哀そうな想いをあの子レオナルドにさせるわけにはいかない。どうか第二妃を娶り、王族の血を継いでいってほしい』

 そう何度も言われた。


 その度に拒否しては口論になり、決まって最後はコンスタンスを泣かせることになってしまった。

 始まりこそ政略結婚だったけれど、私は妻を愛していた。だから、王家の血を継ぐために他の女性を娶ることなど、考えれなかった。


 そんなある日、コンスタンスが私に本音を吐露してくれた。


『本当は第二妃なんて迎えてほしくない。アルマス王家の存続を確実なものとするためには、陛下へ他の女性と子をなすことを勧めなければいけないと頭では分かっているが、それは耐えがたい苦痛を伴うものだ』と。

 だが、その後、こうも言ったんだ。


『けれど、その相手がマグダレーナならば、私は安心してその役目を彼女にお願いすることができる。彼女なら、たとえ子を産んだとしても今までどおりレオナルドのことも大切にしてくれるだろうから』と。


 貴族の中の貴族として育ってきたコンスタンスが心の内を明かすのには、とても勇気が要ったはずだ。だからこそ、彼女のその想いは本物なんだろうと思った。


 コンスタンスの申し出から暫くして、私たちは2人でマグダレーナへ「第二妃となり、アルマス王室の子を産んでくれないか」と願い出た。彼女はとても驚いた顔をしていたけれど、「少し考えさせてほしい」と言い、私たちも年末年始にゆっくり考えてもらえればいいと思っていた。


 だが――デルフィーヌも聞かされたとおり、カロリーヌとブリジット夫人が共謀してあのような陰謀を企てた。

 結果、デルフィーヌの両親マグダレーナとギュスターヴは、永遠に私たちの前から姿を消すことになった。


◇◇◇


 気が付けば、「無名の英雄」像の前まで来ていた。


「君の父上だ。そして、私の数少ない友人でもあった。……(ギュスターヴ、君に会いたいよ)」


 無名の英雄像を見上げながら、陛下が音にならないような声でつぶやいた言葉に、胸が締め付けられる思いがした。


 父の像を仰ぎ見る。

 お父さん、きっとこんなふうに王家の森を散歩するリシャール様一家を見守っていたんだろうな。

 

 陛下とは私がカロリーヌ妃に打たれて倒れたあの日ぶりに顔を合わせたのだけれど、この数週間ですっかり老け込んだ気がした。

 心労が重なっての事だろう。

 当事者にも関わらず、自分だけが知らされていなかった19年前の真実を、最悪の形で知ることになった陛下の心中を思ったとき。私の脳裏をかすめたのは、以前ガブリエル隊長に言われたあのフレーズだった。


 『王族って存外に孤独なんだろうな。彼らが望んでいるのってさ、案外、気の置けない茶飲み仲間だったりするかもよ?』


 お父さんが生きていたら、きっと――。

 うん、仕方ない。

 こうなったら父子まとめて、彼らの茶飲み仲間になってやろうじゃない。

 ん? 私もう成人したから、お茶じゃなくてもいいのか。

 だったら――。

 

◇◇◇

 その日の夜は、パスカルさんに頼み込んで陛下の分の夕食も用意してもらうことにした。そして今、私は畏れ多くも陛下とパスカルさんと食後酒を楽しんでいる。

 

「陛下、どうぞ」

「あぁ」


 トクトクと陛下の酒器に琥珀色の液体を注ぐ。


「パスカルさんの自家製梅酒だそうです」

「そうか。……ん、美味いな。デルフィーヌもどうだ? 成人したんだろう?」

「はい、いただきます。……ん~っ! 美味しい」


――2時間後。

 案外、酒に強いことが判った私は、完全に陛下を酔わせてしまった。


「カロリーヌだが……。はぁ――っ。彼女に男児を授けてやっていれば、あれカロリーヌの未来も、少しは変わっていたのかもしれんな」

「今さらでしょう?」

「ぐっ……」


 行儀悪く片肘をつきながら陛下の話を聞いていた私の肘を、ほろ酔い気分のパスカルさんがつついてくる。


「おいっ! 陛下の御前で何だ、その口のきき方は!!」

「よい、パスカル。こういうのは久しぶりでな。今日はとことん、デルフィーヌに話を聞いてもらうことにしよう」

「陛下! よろしいのですか!? (こんな小娘に)」

「よい」

「ほーら。ね?」

「ぬっ!! (調子に乗るなよ?)」


「カロリーヌを側妃に迎え入れたのは、リシャールが3つになってすぐの頃だ。3年間だけと割り切り離宮に渡ったが、結局、あれに産ませてやれたのは女児一人だけだった」


 その女児とは、リシャール様の異母妹、シャーロット王女のことだろう。

 今年16歳になるはずだが、もう何年も前から南国へ留学していると聞いている。


あれカロリーヌは、女児だったことにショックを受けたようでな。育児はもちろん、赤子の顔を見ようとさえしなかった。使用人たちに囲まれて孤独に育つ王女シャーロットを憐れに思ったコンスタンスが、カロリーヌの承諾を得て息子たちと交流を持たせることにした。

 

 シャーロットはすぐに馴染んでな。特に、レオナルドによく懐いていた。

 そして3年が経った頃、レオナルドが私に言ったんだ。


『父上、心に無理を強いてまで子をなす必要はないのではないですか。父上も母上も、カロリーヌ妃殿下も幸せそうには見えません。後継者となる王子が兄上リシャールだけというのは心細いですか? 大丈夫ですよ、兄には僕がついていますから』と。

 

 それで踏ん切りがついた。

 カロリーヌに何不自由ない暮らしを保証して、互いを解放することにした。

 彼女は南の離宮に居を移し、我々家族は元に戻ったわけだが……。

 カロリーヌは、男児を産めなかった呪縛に囚われたままだったのだろう。結局、何も解放してやれていなかった……」


「独白は以上ですか?」

「なっ!! 貴様、陛下に向かって何ということを――!!」


 パスカルさんの『貴様』呼びが復活した。

 でも、ここで止めるわけにはいけないの。

 だって。あのとき、レオナルド殿下から託されたんだもの。

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