第47話
「央華?」
「ぇ、ああ、はい」
間抜けな声で返答した私を見て、悠人は柳眉を寄せて溜め息を吐いた。
「…おまえな、急にどっかに思考飛ばすのやめてくれ。いきなり反応無くなるとすげえ怖いから」
私の身体を抱き寄せて発されたその声が、なんとなくいつもよりも頼りなさげなものに聞こえた気がして、悪いことをしたなと反省する。
誰かと話している途中でも、何かをしている最中でも、思考が飛んでいくことは小さい頃からよくあった。自分の中では話の内容や作業の工程から関連して思考が展開していき、そちらに集中するあまりに周囲の音が耳に入らなくなってしまうだけの悪癖なのだが、そのプロセスが目に見えない側からすれば、人が急に反応を無くすのは確かに不気味かもしれない。
小学生の頃はそれが原因で授業中にぼうっとしてはよく先生に怒られていたため、誰かと居るときはそうならないようにと意識するようになり、成長と共に減ってきてはいたのに。
「ごめん。ずっと癖で…気をつける」
「なんで謝るんだよ。これは怒ってるんじゃねえ、俺が不安になるからやめてほしいってこと」
勘違いすんなよと、鼻先を軽く弾かれる。冗談抜きに悠人は私の考えが読めるのかもしれないと思いながら、小さく頷く。
それに満足したように微笑んだ悠人は、やっぱりどんな人よりもかっこよかった。
「よし。じゃあ、包み隠さず話せよ?ひとつ嘘吐くごとにお仕置きだからな」
「お、おぉ…?」
告げられた言葉に一切の逃げも誤魔化しも許されないと悟った私は、これまでの懸命な抵抗もむなしく、結局何から何まで白状させられたのだった。
洗いざらい吐かされ、私の話した内容に悠人はとりあえず満足したらしい。今は向かい合う形で膝の上に乗せた私を左右に揺らししている。わかりやすく上機嫌だ。
「そっかそっか、央華は俺が女と話してんのが嫌だったんだな?」
もう何度も答えたというのに、また確認のように尋ねてくる。
「そうだって、何回も言った…」
「うん。かわいいな、央華」
「それも何回も聞いた…」
揺ら揺ら、大きな手に支えられて左右に揺れる。
最初に白状したときも今も、悠人は心底嬉しいという感情を隠さない。その様子にきゅんとしてしまう自分に、どうしようもないなと苦笑する。
(悠人だって、かわいいよ)
自分でも気が付かない内に、後戻り出来ないほど悠人のことを好きになっていることに気づいてしまった。我ながらチョロいと少しの呆れもあるが、嫌な気持ちではない。
もう誰かを好きになることは無くて構わないと思っていて、自分が誰かに愛されることはないとも思っていた。
まだ与えられるすべてを受け入れられた訳ではない。だけど確実に、頑なに否定してきた『愛』というものを信じ始めてる自分がいる。
悠人の側には、私が欲しがって、それでも手に入らなかったものがあった。
一心に向けられる愛情。私だけの特別。
しかしそれは私にとって分不相応な、過ぎたものではないのだろうか。生まれた感情に付けるべき名前を、未だに正確に捉えることも出来ていない私には。
「央華」
「あ、ごめん。また…」
どうやら何度も名前を呼んでいたらしい。またも反応が遅れた私に対し、悠人は拗ねたような顔を見せた。
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