第46話
上手く誤魔化してうやむやに切り抜けられたかなと悠人の表情を窺おうとした途端、大きな手に顎が掬われる。くすぐるように喉元を軽く指が撫でていき、思わず肩が跳ねた。
そして顔を固定されると、悠人と視線を合わせられる。
「な、何…?」
「それだけじゃねえだろ。誤魔化すな、嘘吐くな、正直に言え」
私を見る悠人の目は、時間が経つにつれて徐々に温度を失っていっているようで、さっさと吐かない私にイラついてるのだと物語っていた。
「でも、嘘も方便って言うし…」
「そんなもんどうせその場しのぎだ。ほら、言えって」
「…その場だけでもしのげるんだからいいんだよ。だってほら、」
「話をすり替えようとすんな。俺の質問に答えろ」
しつこく言うのを渋っていると、唐突にぐっと距離が縮められた。主に顔の。
一瞬で私はソファの片側に追い込まれ、悠人の両腕は私の頭の左右に置かれた。逃げ場を失くしたと気づいたときにはもう手遅れだ。
鼻先が触れそうなほど近くに、悠人の端正な顔がある。体温がぐつぐつと煮えたぎっていき、心臓が飛び出すのではないかと思うほどに暴れ出し始めた。
「ち、近い近い近い…」
「キスするときと変わんねえ。なんならこのままベッド行くか?」
「その方がおまえも素直になるかもな」と耳元で囁かれると同時に、悠人の左手が私の頬に触れ、そのままつぅっと下に動く。首をつたって鎖骨にたどり着くと、窪みをゆっくりと撫でられた。視覚と聴覚と触覚を同時に侵され、背中をゾワゾワとしたものが這い上がると、身体が勝手に跳ねてしまう。
これはまずい。この状況でベッドに連れ込まれなどすれば、無理矢理抱かれることはなかったとしても、どうなるかわかったものではない。貞操は守れたとして、他の何かを色々と失ってしまう気がする。
「…言う。全部言うから、ベッドでは眠るだけにしてください」
不本意だが、背に腹はかえられない。己の尊厳を守るためには、観念せざるを得なかった。
「なんというか、それはそれで俺としては複雑なんだけど」
ようやく白旗を上げた私の腰を支えながら身を起こした悠人は、言葉通り本当に複雑な表情をしていて、これは初めて見る顔かもしれないと思った。
「そんなこと言われても、慣れてる悠人とは違って初心者だから怖いんだよ」
実際のところ、悠人と暮らし始めてからのひと月で、相手がこの人であるならば抱かれることに前ほどの嫌悪感は湧かなくなっていた。けれどそれと反比例するように膨張していくのは、不安と怯えだ。
その未知の行為で、自分がどうなってしまうのかがわからなかった。わからないものは怖い。それにこの身体だ。この身長でこの体型は、どう考えても性的に魅力があるとは言えない。
悠人は大人で、しかもあれだけモテるのだから経験だって豊富だろう。悠人にそんなつもりが無くても、無意識にこれまでの相手と比べられてしまうかもしれない。
自分も知らない自分を見せたとき、つまらないと愛想を尽かされるかもしれない。思っていたのと違うと思われるかもと、不安になる。
何よりも悠人に嫌われるのが怖かった。
ひとつ良い方向に向かうと、また自分の中で別の問題が生まれてしまう。
わかることは、私がとんでもなく臆病で小心者であるということ。
傷付くのが怖い。肉体的なそれよりも、精神的な傷の方がずっと怖かった。
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