第45話
結局、私の行動についてのお説教は家に帰ってからということになり、私は悠人と一緒にホテルを後にした。
車に乗る前、少し悠人が離れた間にブラウスが薄手だからと如月がかけてくれたスーツのジャケットは不機嫌顔の悠人によって取り上げられ、代わりに悠人のものを着せられた。如月のジャケットよりも大きくてよりブカブカだったが、悠人の匂いに包まれたような感覚は安心出来た。
「んで?しっかり説明してもらおうか」
安心したのも束の間、家に着いた途端にあれよあれよとリビングに運び込まれ、ソファの上に追いやられた途端に問い詰められる。
帰りの車中では私を抱え、あらゆる所にキスをしまくっては耳元で囁いて甘やかし続けていたというのに、この温度差は何だ。
挙げ句の果てに逃げられないようにか、両手は悠人の右手ひとつでガッチリと拘束されてしまっている。
「…なんか悠人怖い」
小さくそう呟くと、悠人はなぜか不自然に笑った。けれど確かに笑顔を見せてはいるものの、放たれる気配が暗く、黒い。そしてただならぬ圧を感じる。
怒っているのはわかっていた。それはもう、重々承知していた。だけどこれは、思っていたのとは方向性が違う。
「怖くない。怖くないから早く話せ」
「怖いよ!目が笑ってないもん」
抗議しつつ掴まれた腕にありったけの力を込めて振り解こうと画策したが、悠人の手はビクともしない。
「どうでもいい。イチから全部吐け」
決してどうでもよくはないと思ったが、もちろん口に出しては言えなかった。
悠人はもう表情を真剣なものに変えていて、まっすぐに向けられる漆黒の宝石みたいな目が偽ることは許さないと告げている。
「…わかった。話すから手は離して。ちょっと痛い」
小さく言うと、ややあって悠人は私の腕を解放した。
離れていく熱に、やはりほんの少しだけ寂しさを覚えたが、それを口にするのは憚られる。このひと月をこの家で悠人と過ごして、少し感覚がおかしくなってしまったのかもしれない。他人の熱に触れていないと寂しくなるなんて、少し前の私では考えられなかったことだ。
「まずは一人で会場を出た理由だな。あんだけ如月から離れんなっつっただろ。なんで離れた」
「そ、れは……」
お行儀よく隣同士でソファに座り、投げかけられた悠人の問いに初っ端から口ごもる。そんな私の反応に目ざとく気づいた悠人は、眉間にぐっと深い溝を刻んでしまった。
「私の知らない女の人と悠人が親しげにしてたから少しイラついたの」なんて、言える訳がない。パーティーは社交の場なのだから、男女問わず交流は必須だ。子供のわがままだと自分自身でも思うのだから、悠人にもそう思われるに決まっている。
(それにただの、嫉妬だし…)
嫉妬だとか束縛だとか、フィクションの恋愛とは違い、実際はパートナーから向けられるその手の感情を面倒に思う人間は多いとどこかで聞いたことがある。
別に私と悠人は付き合っている訳ではなく、突然決められた婚約者ではあるが、私は悠人が私を選んだ理由を知らない。今のこの距離が、もしも壊れてしまったら、それからどうなるのかなんてわからないのだ。
恋愛は追いかけている間が一番楽しいと、誰かが言っていた。相手の気持ちが手に入った途端に冷めてしまうことだって、よくあることらしい。
「央華。なんかあんなら言え」
「…トイレくらい一人で行きたかったから、如月から離れたの」
俯いた状態のまま早口の小声で答えた。これは真実ではないが、まるっきり嘘でもない。実際のところトイレはついでだったのだけれど。
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