第40話
パーティー会場に入ってから一旦央華と離れ、東堂の分家筋や傘下の組の人間の挨拶に応えていく。
血縁があるとはいえこの歳で東堂の若頭の地位に立った悠人のことを、良く思っていない連中は少なくない。たとえ祝いの場であっても、全員に祝う気があるとは限らないのだ。
中には自分の娘を嫁にどうか、などと売り込んでくる煩わしい奴も居たりする。面倒でしかない時間の中でこれが一番煩わしかった。
「器量はなかなか良いでしょう?ほどよく賢く、ほどよく世間知らずで、なんと言っても従順で男を立てられる!自慢の娘でございます」
お手本のように手を揉みながらそう売り込んでくる中年男は、高そうなスーツを着てはいるが、微妙にサイズが合っていない。連れた娘が身につけているジュエリーたちも、輝き方が不自然に見える。
(金回りが悪そうだな。近々で何かトラブって、娘を使ってなんとか挽回しようってところか)
諦めずにこの世界でのし上がりたいという意欲は素晴らしいが、悠人が婚約したという話を今この瞬間にも掴めていないようでは、この男に先はないだろう。正式に公表していなくとも、この手の噂は足が速いのだ。
「申し訳ないが、先日婚約したところだ」
今央華を隣に置いていないのは、この退屈としか言いようのない時間に彼女を付き合わせたくなかったからだ。
悠人の可愛い婚約者の物事に対する姿勢は、基本『どうでもいい』から始まる。それは対人関係においても言えることで、余程の理由がない限り他人への興味は希薄だ。
けれど他人に不快感を与えることを人一倍嫌うせいか、慣れない相手への対応が丁寧すぎるほど丁寧になったりする。
結果的にそれが本人の対人関係上での負担になっていることはもちろん、周りが思ってるよりも彼女の精神面が弱くて脆いことも、悠人は知っている。
だからこそ、常に傍にと願う存在をこの時間だけは自分の傍から離した。当然おおいに不本意ではあるが、央華のためと思えば我慢できる。
「久しぶりですな、東堂の若様。私のことは覚えていただいておりますかな?」
飽きもせずに次々と声をかけてくる奴らに辟易し、聞こえない程度に溜め息を吐く。
「ああ…松上か。安心しろ、覚えてる」
その言葉に、目の前の小太り中年親父はにんまりと気持ちの悪い笑みを見せた。同じ会場内に可愛い央華が居るというのに、なぜこんなおっさんの顔を見ていなければならないのか。
(やっぱ、早めに帰ろ)
それがいい。実家に寄る必要も無い。どうせ母親はあの着物を央華にあげたつもりでいる。
「それはそれは…ありがく存じます。そういえば若様、今日はうちの娘も連れて来ているんですよ。今は少し外していますが、後で紹介させていただいても?」
「…好きにしろ」
またか、と辟易しながらも男の申し出をはっきりと断ることはしなかった。嫁やお相手などの明確なワードが無い『紹介』は対応を間違えるとややこしくなる。悠人の『婚約者』に難癖を付けてくる馬鹿も湧くかもしれない。けれどやっぱり、央華のためなら我慢できる。
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