第36話
車に乗ってしばらくして、着崩れを気にした私がそろそろじっとしていられないと思い始めた辺りでたどり着いたのは、世界的にも有名な超がつく高級ホテルだった。確か一番安い部屋に一泊するのにも相当なお金が必要になるという、いわゆるVIP専用ホテルだ。
どうしてホテルの外観を見ただけでわかるのかと言えば、数日前にテレビで特集されていたのをたまたま目にしたからである。
「…ここ?」
「ああ」
まさかこんな所に自分が来ることになるとは思っていなかった。
戸惑う私を知ってか知らずか、悠人は人目を気にする様子も無く、開けられた扉から私を抱えて車を降りる。そうして私の着物を崩さないようにしてストンと地面に降ろしてくれたかと思えば、自然と腰に手を回された。
「お待ちしておりました。東堂悠人様と仁科央華様でいらっしゃいますね?」
足を踏み入れたホテルロビー。にこやかに声をかけてきたのはホテルのコンシェルジュだろうか。いや、ホテルマンかもしれないが、生憎私にはちょっと区別がつかない。
ともあれ、彼に案内された私と悠人は、聞く所によればこのホテルで一番大きな広間だという『金鳳凰の間』、その扉の前に通された。
開かれた扉の先、目に入るどこもかしこも豪奢でありながら、洗練されて品を保っている。映画でしか見たことのないあらゆる装飾品が光を反射してキラキラと輝いていた。
「…どうした?」
「え?」
尋ねられて、何のことかと悠人の視線を辿ると、その先には自分の右手。生まれて初めての高級ホテルの豪華さに緊張したのか、無意識に悠人の服を掴んでいたようだった。
「あ、ごめん…」
謝罪と同時に慌ててその手を離す。
なんだかすごく、恥ずかしいことをしてしまった。子供みたいなこと。
波のように襲ってくる羞恥心と闘う私とは対照的に、悠人はなぜか嬉しそうにも見える顔でふっと笑った。
「俺が居る。心配すんな」
笑わなくてもいいのに、と不貞腐れて眉間に力が入っていたらしい。それに気づいた悠人が少しかがんで私の顔を覗き込むと、甘く優しくそう言った。
それから流れるように肩を引き寄せられて、額に軽くキスが落とされる。
「……大丈夫だよ。子供じゃないんだから」
悠人の言葉もキスも嬉しかったくせに、答えが素っ気なくなってしまうのは、もう仕方がない。
しおらしいとか、守りたくなるとか、そういう存在になりたくなかった。素直じゃないのはもともとで、可愛くないのはわかっているが、これが私だ。きっと悠人もそれが私だと許してくれる。はず。
多少の不安と共にちらりと視線を向けてみると、やっぱり悠人は満足そうに笑っていた。
そうして一度深呼吸だけさせてもらって、私たちは広間の中に吸い込まれた。
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