第34話
「ねね、央華ちゃん。貴女と二人で暮らしてるお家での悠人って、どんな感じ?」
「家で、ですか…」
その質問に、心臓の休まる暇のなかったこの一ヶ月のことを反芻した。
「えっと…スキンシップは多いかもしれないです。家に居る間はずっとくっついてくる感じで…意外と甘えたがりなのかな、と。あと、過ぎるくらい過保護です」
もはやくっついていすぎて、一人になると妙に落ち着かないというか、違和感すら感じてしまうほどに、家の中では悠人が常に側にいる。
「ずっとくっついてるって、具体的にはどんな?」
二人の間にあるローテーブルにグッと身を乗り出した恭子さんは、目をキラキラと輝かせ、早く続きをと促してくる。
思った以上の食い付きっぷりに少し動揺しながらも、とにかく質問に答えなければと口を動かす。
「えぇっと…悠人が帰って来たらまず真っ先に抱きしめられたり、ソファに座るときは悠人の足の間に座らせられたり…頻繁に抱えられる感じで、とにかく距離が…近いですね…」
「うんうん」
「あと、お風呂に一緒に入りたがるので気が抜けなくて…寝る前は抱っこでベッドに運ばれて、そのまま抱き枕にされたり、とか…」
いや、ちょっと待て。
出会った日からこんな様子であったため、私は随分と慣らされてしまっていた。というか麻痺だ。口に出してみるとこれはかなり、否、とんでもなく恥ずかしい生活をしている。
なぜこの生活に違和感を感じなくなっていたのだろう。慣れというものは本当に恐ろしい。
「その、え〜と…まあ、そういう気分のときもあるみたいで…」
「あら、今さら誤魔化したって遅いわよぅ」
「う…」
撃沈である。今から穴を掘っても間に合うといいな。
おそらく顔が赤いまま目が死んでいる私を尻目に、恭子さんは未だキラキラと瞳を輝かせている。きっともっと話せと促されているのだ。もう許してほしい。
それもこれも悠人が私を離さないのが原因であって、私に非はない。悪いのは悠人だ。私ではない。はず。
百歩譲って、スキンシップに関する悠人の要求をかなりの割合で飲んでしまう点は私に非があるかもしれない。けどそれも、疑いようもなく大人な悠人に子供みたいな甘え方をされると妙にドキドキしてしまうせいであって、やはり悠人が悪いと思う。意識したことのない心臓のどこかにグッサリと何かが刺さるのだ。
「悠人は央華ちゃんのこと、大好きなのね」
「……そう、なんですかね」
私だって、好かれているのはわかっている。たぶん、愛されているのも。
だけどどうしても思ってしまう。
関東最大勢力を誇る東堂組。いずれその頂点に立つ男の相手が、こんな子供でいい訳がない。恭子さんを見て、その思いは益々強まっていた。
私は与えられるばかりで、悠人にあげられるものはこの身ひとつ。それも大した価値はないのに。
遠く、廊下を歩く足音が耳に届く。
その音に気づいた恭子さんは明るい笑顔を見せると私を立たせ、トンッと軽く背中を叩いた。
「悠人が来たわ。さ、笑顔で行ってらっしゃい」
「あ、ありがとうございました!」
感謝の言葉をのべた途端に襖が開き、スーツを着た悠人の姿が現れる。
普段もスーツを着ていることが多いが、いつにも増して色気が滲んで見えるのは、さすがに気のせいかもしれない。気のせいじゃないかもしれないけど。
すぐに私を視界に捕らえた悠人は、視線を頭からつま先まで三度ほど往復させると、何かを噛み締めるように眉間に力を入れた。そして私と視線を合わせたかと思うと、そのまま大きな歩幅で室内に踏み込む。
「これ似合ってな…っ!」
何も言われないため、馬子にも衣装レベルにもなってないのかと慌てていると、ふわりと落ち着く悠人のにおいがした。そのまま長い腕の中に閉じ込められる。
「……可愛い」
「っ…」
覆い被さるように抱き込まれると、五感の全部が悠人を感じとってしまって困る。耳元で零された言葉が、一瞬で熱となって全身を巡っていくのがわかり、思わずぎゅっと目を瞑った。
囁かれた声はとろりと甘さを含み、隠そうともしない仄暗い欲が滲んでいた。
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