第33話
そんな精一杯の私の言葉も、恭子さんにとってはよく理解できないものだったらしい。首を傾げて目をぱちくりと瞠いている。
「どうして?央華ちゃん、ピンクは嫌いなの?」
「や、あの……嫌いっていうか、苦手なんです…」
そう思うようになった理由は明確には覚えていないけれど、物心付いた頃からその色にはどうにも苦手意識が拭えなかった。
というのも小さい頃、男の子は水色で女の子はピンクといったように、あらかじめ決められていることが度々あったのだ。
もちろん振り分けられるのはその色に限らないが、私の中ではどうしても、ピンクは『女の子の色』という印象が強くあった。そしてその印象とイコールで自分を結び付けられるのが無性に嫌だったのを、なんとなく覚えている。
そもそも私はピンクが似合わなかった。それが好むのも似合うのも姉の方で、それに不満を抱いた事もなかった。
だから結局のところ、明確に嫌悪する理由があるのかと問われると、自分にもわからない。けれどどうにも、自分が身に付けるために選ぼうとは思えなかった。
ピンクと同時に入る情報に、これまた苦手なレースやフリルなどのモチーフが多いのも多少なりと影響しているとは思うが。
「う~ん…苦手なら今回ピンクはやめておこうかしらねぇ……あ!じゃあこれなんてどう?」
まだ納得しきれてはいなさそうな恭子さんだったが、私の意見を無下にはせずに聞いてくれるようで助かった。
それから恭子さんが「これも素敵なのよ」と言って見せてくれたのは、鮮やかな紅と墨のような黒のグラデーションが美しい振り袖だった。可憐な白蓮が咲いている。
「……高そう」
「あら、気にすることないわよ」
思わず呟いた私に対し、恭子さんはころころと楽しそうに笑った。
「どうかしら、これなら着られそう?」
「も、もちろんです…!すごくきれいで…」
「ふふっ。それじゃ着付け、始めましょうね」
ここに立っててねと言われた通りに大人しく姿勢を正して立つと、恭子さんは慣れた手つきで私の着付けに取り掛かった。
「よろしくお願い、します」
自他共に認める無凹凸体系なので着付けにくいことは無いと思うが、身長の低さを考えるとプラスマイナスはゼロだろう。面倒な体型で申し訳ない。そこは心の中で謝罪しておく。
そうして、忙しなく動く手と同じくらい動き続ける恭子さんの口から飛び出す質問たちに、顔を赤くしたり青くしたりしながら何とか対応していると、着付けはいつの間にか終わっていたらしい。気づけば姿見の中に、着物姿の自分が映っていた。
────
悠人が戻って来しだい、車でパーティー会場に向かう事になっているらしい。
それまでまだ時間があるからと、ぎこちなくも恭子さんとの世間話に挑戦していたのだが、そこで新たな事実が発覚した。
「き、恭子さんって、悠人のお母さん…!?」
「そうよ、びっくりした?」
衝撃で一瞬思考回路がショートしかけた私に、恭子さんはお茶目にウインクを飛ばしてうふふと笑っている。びっくりしたに決まっていますが。
悠人のお母さんという事は、つまり組長さんの奥さんであるという事で、恭子さんは世に言う極妻と呼ばれる存在であるという事だ。
ここへ来る車中で『悠人のご両親に合う』という状況に一番緊張していたのに、予想とは全く違う展開になったな、などと暢気に考えていたのが馬鹿だった。どうやら私は、胃痛ものの緊張の瞬間を既に迎えていたらしい。
(油断した…)
そもそもここは悠人の実家だ。生まれ育った家なのだ。どこからだって刺客が現れてもおかしくはなかった。
「そんなに驚いてもらえると嬉しいわねぇ。悠人がもう話してると思ってたんだけど、まだ聞いてないみたいだったから悪戯しちゃった。ごめんなさい」
悪戯がバレた子供のような笑顔を見せる恭子さんは妖しさがありながらも溌剌としていて、少なくともあんなに大きな子供がいるようには見えない。悠人の年齢からして確実に四十前後のはずなのに、目の前の女性はどう見ても二十代だ。
だけど腑に落ちた事がひとつ。最初に感じた、悠人に似た独特の視線。あれは似ていて当然だったのだ。悠人は正真正銘彼女から産まれた、彼女の息子なのだから。
そう知ってからよく見ると、醸し出す雰囲気こそまったく違うが、顔のパーツなどの造りはよく似ているのがわかる。真っ直ぐに通った鼻筋だったり、耳なんて本当に同じ形をしていた。
「あの悠人が『婚約する』なんて言ってきたときには驚きすぎて、皐月のこと思いっきり叩いちゃったのよぅ」
「叩っ…えぇ?」
「だって悠人よ?下の子ならまだしも、女は全部同じだって顔に書いてあった悠人がよ?我が子ながら、どんな子だったらあの子と一緒になれるのかしらって、心配だったくらいだもの」
「もしかしたら、一生独り身かもしれないなんて思ってたの」と、興奮気味に話す恭子さんの圧に押されながら、実の母親にここまで言われるなんて、以前の悠人はいったいどんな人だったのだろうと思った。
思い返すと、転校してきた初日に如月もそれらしいことを言っていたのを覚えている。
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